ラグビーリパブリック

【コラム】激しさと、今こそ勇気を。

2020.01.10

一世紀にわたる歴史を刻みつつある高校大会。この競技の夢を引き継ぐために、さらなる安全性を今こそ(写真は関商工の見事なダブルタックル/撮影:松村真行)

 神奈川・桐蔭学園の優勝で幕を閉じた第99回全国高校大会は、7日間で総観客数が12万4千人を超え、55校が出場し、過去最多だった95回の記念大会に次ぐ動員を記録した。後援する毎日放送の動画配信以外にも、スポーツナビなどで無料視聴が可能になり、W杯人気が続く中、多くの人がラグビーにふれるきっかけとなった。改めて、子どもにラグビーを、と思った親御さんもいたのではないか。

 だからこそ、指導者が考えるべき最も大事な要素の一つが安全の確保になる。

 今大会は決勝までに8件の脳振盪(疑いを含む)が報告された。特にシード校が登場する12月30日の2回戦で6件と集中した。当日の悪天候の影響もあっただろうが、実力差の大きいチームが戦うと、接触の局面でどうしても無理をするケースが出てしまう。

 花園には北海道から九州までのべ140人の医師が集まり、1試合につき最大で4人の「マッチデードクター」がけがに備えた。脳振盪と見受けられる選手が出たら、11に及ぶ症状のチェックリストや「今いる試合会場はどこですか」などと質問を重ね、脳振盪かどうかの判定をした。

 W杯やテストマッチ、国内ならトップリーグといったエリートレベルの大会では、HIA(ヘッド・インジュリー・アセスメント)と呼ばれる脳振盪のチェックシステムが導入されている。ビデオでの確認や有資格者による判定で、脳振盪を見つけ出すことには優れているが、機器や人員の設置にコストがかかるため、全国大学選手権を含め、学生レベルの大会では適用されていない。

 花園などで採用されている「R&R」(リコグナイズ&リムーブ=確認と止めさせる)は、HIAより簡易なシステムだが、ドクターが項目にそって疑わしいと思われる判断した場合、選手がすぐに退場しなければいけない。そのため、「安全性はより担保される」と花園で長年医務委員長を務める外山幸正さんは言う。

 かつては「うちの選手は脳振盪ではない」と主張し、ドクターの判断に抗議する指導者も少なくなかった。自チームの勝利を優先して、チームドクターが脳振盪とみられる症状の選手の出場を継続させたシーンを、私もかつて見たことがある。

 しかし、近年は脳振盪の状態のまま、もう一度脳振盪を起こすと危険な症状に陥る可能性が高くなる「セカンド・インパクト・シンドローム」が周知され、花園では「ドクターの判断に文句をいう指導者はいなくなった」と外山さんは話す。

 脳振盪になることの多いプレーの一つが、相手の正面に頭が入ってしまう、いわゆる「逆ヘッド」のタックルだ。外山さんらは一昨年、第93~97回大会の5年間分の花園でおきた脳振盪を、傷病録や映像を見返して調査し、発表した。254試合で受傷件数は23件、うち「タックルをして」が18件、「タックルをされて」が4件だった。97回大会では7件の受傷すべてが、タックルの際の頭とひざの衝突や逆ヘッドによるものだったという。

 順天堂大学の医師らによる約4千回のタックルの分析では、逆ヘッドで入った場合の負傷の頻度が、肩で当たって頭を上に出す基本のタックルの約25倍に上ったという調査結果も出ている。

 この10年間で3度の全国制覇を遂げている大阪・東海大仰星高では、逆ヘッドなどの危険なタックルをしないよう、ボディコントロールの指導を徹底している。単純に「逆ヘッドは危険だからしないように」と言っても抽象的で、選手はどう動けばいいか分からない。

 そこで湯浅大智監督は、「自身の身長分まで距離を詰めたら、そこからショートステップ」「自分の外側の肩を相手の内側の肩に合わせる」などといった基本動作を具体的に教え込む。逆ヘッドになりがちな、戻りながら防御するカバーディフェンスの際も、「タックルしたら相手の体より頭が上」になるよう言い続けている。2人がかりでダブルタックルに行く際も、味方同士の頭がぶつからないよう、相手の動きを予測する力を高めるトレーニングを日々積み重ねているという。

「タックルは根性ではなくスキルです。もっと運動を科学するようになれば、逆ヘッドなどによるけがも少なくなり、ラグビーが面白くなる」と湯浅監督は言う。

 昨秋のW杯を振り返る様々なインタビューの中で、日本代表選手の1人が「試合中に脳しんとうになって、その先は覚えていない」という趣旨のコメントをしていた。

 あれだけの死闘、脳振盪は事実なのかもしれないが、もし本当にその状態で試合に出続けていたとしたら、選手の意識はもちろん、ドクターやスタッフの管理能力が問われることになる。「一生に一度」の舞台に出続けたい思いは痛いほど分かるが、インタビューを読んだ子どもたちが「軽度の脳振盪ならプレーしても大丈夫」と間違った解釈をしたら問題だと感じた。

 少子化が進む中、ラグビーは危険だからやらない、やらせたくない、という声を少しでも減らすよう、関係者は努力を続けている。選手や指導者、医師だけでなく、私たちのような情報を発信する人間にも責任は伴う。脳振盪のままプレーすることは決して美談にならない。おかしいと思ったら、たとえ試合に出たくても医師やコーチに相談し、勇気を持って休むことの方がよほど尊い。ラグビー熱が高まっている今だからこそ、激しいけれど、安全なスポーツであることを確立するチャンスなのだと思っている。