生まれ育った東京での成功ではない。
久富連太郎(ひさとみ・れんたろう)は縁もゆかりもない島根に飛び、ラグビーと大学を手に入れた。
石見智翠館で正SOをつかみ、指定校推薦で早稲田の政経に合格する。春から「都の西北」と歌われる大学の看板学部に進む。
「ここに来てめちゃくちゃよかったです」
ラグビー部監督で社会科の教員でもある安藤哲治は選手としての久富を評する。
「ウチのキーマンです。攻撃的でスキルフル。キックは飛距離が出て正確です。ボールをとってからパスするのも速いですね」
チームではBKリーダーをつとめる。
石見智翠館は29年連続29回目の全国大会出場を決めている。13のシード校には入らなかったが、同等の力を持つ。
10月の茨城国体では単独チームで出場し4強入りを果たした。8強戦で優勝候補の大阪府(選抜チーム)を19−10で降す。
安藤は振り返る。
「あの試合に勝てたのは久富のお蔭です。全得点をたたき出してくれました。ワントライ、ワンゴール、4ピージーですね。彼なくして勝利はありませんでした」
171センチ、82キロの司令塔は殊勲をたてた。
4強戦では佐賀工単独の佐賀県に14−24。しかし、大阪府からの白星は自信につながる。東海大大阪仰星、大阪桐蔭とここ2年の全国大会優勝校を輩出しているからだ。
久富の実家は東京の世田谷にある。この国有数の人気の住宅街だ。
中学から成蹊に進んだ。大学まで一貫システムがある名門校。偏差値も高い。学校は若者が集う街のひとつ、吉祥寺にある。
入学直後に競技を始める。中3で東京選抜。当時は大阪・花園ラグビー場であった全国ジュニア大会にも出場した。
「スタジアムの雰囲気がよかったです。もう1回ここでやりたいと思いました」
高校ラグビーの聖地に感動する。
東京にも秩父宮ラグビー場がある。試合をしたこともあった。
「あそこはトップリーグとか大学生の場所という感じでした」
花園への特別な思いは強くなる。
中2の冬、石見智翠館が全国大会で初の4強に進んだ。95回大会(2015年度)で準優勝する桐蔭学園に31−46で敗れた。中心はFLの岡山仙治(ひさのぶ)。今年、大学選手権初優勝を目指す天理大の主将である。
中国地区校の4強入りは6校目の快挙。崇徳中=現崇徳(19、20、25回)、大嶺=現青嶺(37回)、山口農(46回)、大津=現大津緑洋(63回)、尾道(94回)に続いた。
「すごいなあ、と思いました」
3年前も今も予選参加校は出雲1校のみ。県内に対抗馬がいないため、自分の努力次第では花園に毎年出られる可能性はあった。
高校に入学直後、花園への思いが押さえきれなくなる。父・龍次郎、母・直子と話し合いを重ねる。両親は早稲田の元監督で現在、日本協会のコーチングディレクターである中竹竜二に相談する。
両親ともに早稲田の卒業生。ラグビーには関わらなかったが中竹と同期だった。
安藤は連絡を受ける。
「編入試験をやったのはゴールデンウィーク前だったと思います」
久富は英国数の3科目のペーパーと面接を受け、パスした。
結果として、大学までのエスカレーターを放棄する。自らの意志で退路を断つ。
移動距離は900キロ。最初はカルチャーショックを受けた。
「なんで来ちゃったんだろう、と思いました。自分のイメージでは田んぼが広がるのどかな感じでしたが、ここは寂しかったです」
学校は日本海に面した江津(ごうつ)にある。県のほぼ中央。大田(おおだ)と浜田の間に位置する。のどぐろなどの魚介類は美味だが、冬は強い風雪が吹き寄せる。高校生に不可欠の渋谷や新宿などの繁華街もない。
さらに寮生活が厳しかった。
「当たり前ですが、洗濯や掃除は全部自分でやらないといけません。家ではすべておかあさんにやってもらっていました」
母のありがたみを15歳で知る。
幸せだったのは楕円球でつながる仲間がいたこと。彼らも同じ境涯だった。夜はLED照明の下、空いているグラウンドで30分はキックを蹴った。捕球してくれる人がいた。
「人のつながりやコミュニケーションの大切さを学びました。ここには全国から生徒が集まってきます。一緒に生活して視野の広さをつけさせてもらえました。物事を受け入れられるようになったと思います」
都会で同じ階層の人たちとしか付き合ってこなかった久富は、田舎で人生にはさまざまなバックボーンがあることを知る。
勉強は授業に集中する。時間内にできるだけ覚える。自分なりのやり方を確立。そして、父母と同じ大学への入学許可を得る。
ラグビー部から早稲田政経への指定校推薦をとったのは2学年上の米田圭佑以来2人目。米田はバックスリーの控えだったため、高校での競技実績は久富が上回る。入学後は米田同様、アカクロに挑む。
その3年間の集大成は目前に迫る。
石見智翠館は12月28日、99回大会の1回戦を迎える。相手は富山第一。第1グラウンドで13時55分キックオフだ。2回戦は山口と日川の勝者。そして、3回戦ではAシードの京都成章と当たる公算が高い。
「最終的な目標は日本一ですが、まずは1試合1試合しっかり戦います。その上で元日に京都成章と対戦したいです。僕たちはノーシード。失うものは何もありません」
花園には3年間出られた。
島根に来た正しさを最後まで示したい。