地力がなければ勝負の舞台には上がれない。それがラグビーだと思う。激しいコリジョンに耐えうる肉体、それを試合終了まで維持し続ける体力は、闘争の前提だ。どれほどスピーディーでスキルフルでタクティカルなチームであっても、タックルおよびその後のボール争奪の局面である程度対抗できなければ沈黙を強いられる。「フィジカルが強くなると、ラグビーの悩みの7割はなくなる」。かつて東福岡高校の藤田雄一郎監督から聞いたひと言は、競技の核心を突く至言として脳裏に刻まれている。
そして、だからこそというべきか、最上級の地力を備えた者同士が対峙する極限の戦いでは、細かい部分のプレーの精度や意識、いわゆる細部のこだわりが、勝敗を決する。つくづくそう感じる。
先のラグビーワールドカップ2019日本大会において、勇敢かつ爽快な戦いぶりで世界中の目利きを感嘆させたジャパンの戦士たちが口々に発していたのが、『ディテール』というキーワードだった。ディテール=細部、細部への留意。目を凝らさなければ見逃してしまうような細かいところでの細やかな心配りが、あらゆるプレーに徹底されている。その成果は絶大だった。
象徴はスクラムだ。日本が誇るマイスター、長谷川慎コーチの指導によって築き上げられた『ジャパンのスクラム』は、世界トップクラスの強豪国に対しても、善戦にとどまらずむしろ武器となった。なぜか。体格とパワーの差を覆すための緻密なシステムがあったからだ。フットポジションからプッシュの同調、8人のベクトルの束ね方…。わずかな力も漏らさぬためのチェック項目は、膨大な数に上ったという。
さらに、ボールキャリーの際は胸ではなく必ずハンズキャッチでパスを受け、ギリギリまで両手で球を持つ(すぐに抱え込まない)ことも徹底されていた。常に両サイドにパスオプションがあるため、相手ディフェンダーは周囲の選手を見切って的を絞ることができず、結果としてキャリアーは優位な状況でヒットできる。そうしたディテールの積み重ねこそが、相手の強みを封じつつ自分たちの強みを発揮する『ジャパンのラグビー』の真髄だった。
日本中を沸かせた祭典の閉幕からちょうどひと月が経った、12月1日の秩父宮ラグビー場。2万3千の大観衆がスタンドを埋めた明治大学と早稲田大学の伝統の一戦にも、『ディテール』の重要性を見た。
25年ぶりの全勝対決を36-7の快勝で制したこの日の明治のパフォーマンス、ことにアタックのクオリティは、際立っていた。密集サイドで突破を図るFWの選手が、必ず走り込みながらフラットな位置でパスを受ける。その徹底した姿勢は、ワールドカップの準決勝であのオールブラックスに何もさせず完勝したイングランドのアタックを彷彿させた。
ラグビーではルール上、密集からボールが出るまで相手ディフェンダーはオフサイドラインを越えることができない。スピードに乗ってほぼ並行にパスを受けるアタッカーと、ボールアウトを確認してから前に出るディフェンダーの出足の勢いを比べれば、前者に分があるのは明白だ。そうやって一つひとつのフェーズでわずかでもゲインを重ね続ければ、相手は常に戻りながら守らなければならなくなり、最終的に我慢しきれなくなる。「プレーの主導権は攻撃側にある」というラグビーの原理原則にのっとったアタックは、実に効果的だった。
加えて明治の仕掛けは、ひとりでも前進できそうな突破力あるランナーが、複数で連動しながらたたみかけてくるからより迫力があった。浅い位置に立つFWに相手ディフェンスの意識が集中すれば、すかさずバックドアのBKに展開して外のスペースを攻略する。言葉にすればシンプルだが、ハイプレッシャーの中で忠実かつ的確にそれを遂行できるところに、厳格な鍛錬のあとは浮かんだ。
敗れた早稲田にすれば、最後まで決定的な突破口を見出せなかったというのが正直なところだろう。「(明治は)必ずショートステップを踏んで芯をずらして当たったり、強さだけじゃなくうまさもあった。1対1を作られ続けてしまった」。そう振り返ったのは、タックルエリアでのハードワークを身上とする副将のFL幸重天だ。体格とパワーの差を凌駕するために少しでも前に出て、かつダブルタックルで仕留めたかったはずだが、なかなかそうしたシチュエーションに持ち込めなかった。裏を返せば、それだけ明大の攻撃が厳しく隙を見せなかったということでもある。
オールブラックスを破ったイングランドを倒してエリスカップを掲げた南アフリカは、世界一のフィジカルを前面に押し出してイングランドの猛攻を封じた。現状の明治と早稲田の関係において、同様に早稲田がフィジカルで明治を圧倒する展開はなかなか想像しづらい。ただ、早明戦で3歩食い込まれていたところを1歩でも押しとどめることができれば、その後の流れは変わる。
まずはタックルそのものの強化。そしてリロードの速度をもう一段高めて、数で上回り続けること。新装された国立競技場で1月11日に行われる大学選手権決勝での再戦があるなら、今度は早稲田のディテールが問われることになる。