ワールドカップ日本大会に挑んだ日本代表は、ファンの心を何度も揺さぶった。なかでも思い出されるのは、具智元の涙ではないか。
10月13日、神奈川・横浜国際総合競技場。ファンやチームメイトから「ぐーくん」のあだ名で親しまれる韓国出身の右PRは、この日にあったスコットランド代表とのプールA・最終戦を「自分の人生の中でも大事な試合」と位置付けていた。
しかし前半21分、故障。右わき腹をおさえ、ベンチに退くこととなった。
折しもスクラムを組むところで、それは自陣22メートル線付近右での相手ボールの一本。スコアは7-7と同点だっただけに、簡単に球を出されたくない場面でもあった。引き上げる25歳の表情は悲しさに満ち、その様子を捉えた動画はインターネット上で大きく注目されたものだ。
涙の具に代わって日本代表の右PRに入ったのは、ヴァル アサエリ愛。トンガ出身の30歳だ。「ペナルティをしないように」。身体の一部が崩れ落ちないよう、チームで共有されるシステムに沿って正しい姿勢を取ることに集中した。
「しっかりいいスクラムを組んだら周りもいいプレーをしてくれる」
組む。崩れる。
「いいポジションが取れたらいける。翔太も『いいポジションを取ってくれたらそれでいい』と言ってくれていた」
左隣で組むHOの堀江翔太とは、よくスクラムについて助言を受ける。日本国籍取得前の2014年まではFW最後列のNO8だったとあり、同じパナソニックで長く最前列に入ってきた経験者の意見は貴重だった。
組み直し。ヴァルはぐっ、と、押し込む。堀江とつながりながら、後方からの押し込みを感じながら、そのまま相手の塊を崩す。スコットランド代表からコラプシングの反則を誘い、危機を脱した。
チームは、長谷川慎コーチのもとていねいにスクラムを組んできた。その熱が周りに伝播しているのだろう。ここでレフリーの笛が鳴った瞬間は、後方に並ぶBKもFWのもとへ集まった。手荒い祝福を浴びせた。
スタンドのボルテージも一気に上がるなか、ヴァルはまず、安どした。
「本当に、(自分たちの)ペナルティがなくてよかったです」
その後、日本代表は組織的な攻撃を機能させる。一時は28-7と点差を広げ、プール戦4連勝に近づく。
やや点差の詰まった終盤も、ヴァルは好ゲインを重ねる。起点は、中島イシレリとの連係だ。
左PRとして途中出場の中島とは、同じトンガ出身で付き合いが長い。中島からヴァルへは、球が飛んできた位置へ折り返す「内返し」と呼ばれる接点方向へのパスがよく通った。
「イシとはプレーのなかでのコミュニケーションが取りやすいから」
結局、28-21で勝利。日本代表史上初の決勝トーナメント進出を決めた。グラウンドを後にすると、怪我で不完全燃焼に終わった具と目が合う。「落ち込むなよ。来週の試合、頑張ろう」。ヴァルは具に、そっとそう告げたという。
「試合の後は、落ち込むような感じに見えたので。本当に、ぐーくんのおかげで今まで勝ってきたので」
続く20日、チームは東京スタジアムで準々決勝に挑んだ。右PRで先発したのは、具だった。南アフリカ代表に3-26で敗れた後、スクラムに関する課題と収穫を言葉にしていた。
「(スクラムでは)相手のヒットスピードが速くて、受けた(受け身になった)時はペナルティを取られたんですけど、逆に自分たちが先にいい姿勢を取ったら、全然、問題なかった。そこが、逆に良くなれる(改善できる)ところです」
背番号3の右PRは、スクラムで両肩に相手の重さがのるタフなポジション。日本代表にあってその責務を担ったのは、優しくたくましい2人の戦士だった。