ラグビーリパブリック

ワールドカップで日本は変わる。平尾誠二が描いた夢

2019.10.20

世界に通じる日本のラグビーを作り上げるために、誰よりも深く考え、力を尽くした人だった。

ミスターラグビー、平尾誠二。華やかで、巧みで、たくましく、聡明な日本ラグビーの象徴が53歳の若さで亡くなってから、はや3年が過ぎた。史上初めてワールドカップで決勝トーナメント進出を果たした日本代表と南アフリカ代表の準々決勝が行われる10月20日は、平尾さんの命日である。ドラマのような巡り合わせに、運命的なものを感じる人も多いだろう。

ワールドカップには、選手として第1回から3回まで3大会連続で出場。1999年の第4回大会には日本代表の監督として臨んだ。ちなみに現在ジャパンを指導するジェイミー・ジョセフヘッドコーチと長谷川慎スクラムコーチは、この時の日本代表のメンバーだった。

2004年には、2011ラグビーワールドカップ日本招致実行委員会のGMに就任。残念ながらこの時は日本開催を呼び込むことはできなかったが、平尾さんの発想や発信力、行動力が、その後の2019年の招致活動とその成功にもたらしたものは計り知れない。

ワールドカップ日本開催は、平尾さんの悲願だった。日本が世界と渡り合えるラグビー強国になるためにはワールドカップ開催しかないと考え、日本大会を成功させるための明確なビジョンを持っていた。またラグビーの持つ力を信じ、ラグビーによって日本という国を変えられるとも考えていた。

だからこそ、空前のラグビーブームに沸く今の盛り上がりを、平尾さんに見てほしかった――そう思う人は多いはずだ。

平尾さん、ジャパンはこんなに強くなりましたよ。アイルランドとスコットランドを倒し、プールマッチ全勝での決勝トーナメント進出です。世界中が、ジャパンの戦いぶりを手放しで賞賛しています。

日本のあらゆる場所で、ラグビーが話題の中心になってるんです。そして多くの人が、ラグビーという競技の本質に触れ、心を動かされている。こんな日が来るなんて、想像もできませんでした。

10月20日。運命の南アフリカ戦。ジャパンの選手たちやチーム関係者は、この日に戦うことの意味を噛みしめているはずだ。きっとジャパンは、今大会最高のゲームをする。

ここではラグビーマガジン2005年1月号に掲載された、当時2011ラグビーワールドカップ日本招致実行委員会GMに就任したばかりの平尾さんのインタビューを紹介したい。この記事を読めば、平尾さんが当時からいかに鋭く状況を分析し、クリアな展望を描いていたかがわかるだろう。その明晰な思考には、あらためて敬服するほかない。

インタビュー記事はこちらから
https://rugby-rp.com/wp-content/uploads/2019/10/RugbyMagazine200501_P60-63.pdf

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