ラグビーリパブリック

ゲームのカギを握る日本代表の司令塔・田村優の魅力

2019.10.12
サモア戦までの3試合はすべてに先発出場した(撮影:松本かおり)

 2019年10月5日、愛知・豊田スタジアム。ラグビーワールドカップ日本大会の予選プールA・第3戦のサモア代表戦に挑んだ。不動のSOとして、3戦連続での先発だった。

チームでは、いつもジェイミー・ジョセフヘッドコーチ、トニー・ブラウンアタックコーチらの計画を選手たちが、かみ砕いて準備を進める。この日も、その流れで、序盤はロングキック重視の戦法を取った。パワフルなサモア代表を後退させ、体力を削るためだ。前半2分、7分には、ペナルティーゴールで得点を刻むなど、ほぼ思惑通りに試合を進められた。

しかし、足踏みをしたのも確かだった。接点でランナーを孤立させて反則を招いたり、タックルされた際に球をこぼしたり、思うように相手を引き離せなかった。円陣を組むたび、田村が強調したのがプラン遵守への意識だった。

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 それでも意志は貫いた。19-12とリードして迎えた後半13分。敵陣中盤でテンポよく攻めるなか、田村が左側でボールをもらう。防御網の乱れを見定め、さらに左前方へ鋭いキックを転がした。相手は慌てて戻るしかなかったが、その弾道は日本代表のレメキ ロマノ ラヴァも追っていた。キック処理した相手選手に勢いよくぶつかり、そのままタッチラインの外へ押し出す。日本代表は直後のラインアウトからモールによるトライを決めるなどし、26-12と点差を広げた。

サモア戦後半13分、ラインアウトからモールで押し込みトライ(撮影:山口高明)

試合終了間際にはチーム4本目となるトライもマーク。勝ち点制の予選プールにあって、4トライ以上奪取によるボーナスポイントも含めて勝ち点5を積み上げた。9月28日にアイルランド代表にも勝利していた日本代表は予選プールAで5チーム中1位のまま予選プール最終戦を迎える。相手は欧州6強の一角、スコットランド代表だ。

司令塔として期待される田村は、身長181センチ、体重92キロの30歳。いつも遠くを見つめているような瞳をあちこちへ動かし、仲間の声を聴き、ラン、パス、キックを使い分ける。指示伝達のスピードにも定評がある。開幕前には、こんな心境を口にしていた。

「もちろん、プレッシャーは、あります。期待が大きいのもわかっています。でも、僕自身はプレッシャーがある方が好きですし、そこから逃げるつもりはない。まず、プレッシャーと向き合いたくなかったら、代表を辞めています」

高校時代は國學院栃木でプレー。高校2年、3年の花園にはFBで出場している(撮影:毛受亮介)

少年時代を過ごしたのは愛知県豊橋市だが、当時の思い出は長期の休みの日に過ごした母の真奈美さんの地元、沖縄でのものがほとんど。太陽と海で育ったラグビーマンなのだ。

 中学まではサッカーをしていて、越境入学した國學院栃木高校でラグビーと出会う。得意のキックはサッカー経験のたまものかと思えば、「むしろ、サッカーの癖をなくしている」という。あちこちへ弾む楕円球を意のままに操るべく、転がる方向を予測しながら球に足を当てるという技術を磨き続けた。

明大4年生、2010年12月5日の明早戦。明早戦には4年間、連続出場した(撮影:松本かおり)

明治大学を経て入ったNECグリーンロケッツでは、1年目の2011年度から活躍する。翌年にはエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ率いる日本代表に選出され、2015年のワールドカップイングランド大会にも出場した。この頃は、スタンドオフ、インサイドセンターのポジションを争う立場だったが、2016年以降、ほぼ常時「10」を託される。僅差のゲームで重圧のかかるゴールキッカーも任され、この時期に多く組まれた強豪国との試合でトライアル&エラーを繰り返してきた。

NECでは1年目からレギュラーに。2011年1月28日のNTTドコモ戦(撮影:松本かおり)

いまの日本代表にあって、田村は代役の立てられにくい選手のひとりだ。裏を返せば田村のケガや不調はチームに大打撃を与えてしまう。しかし、当の本人はそのリスクを最小化している。常に自分の身体と対話し、ケアを怠らない。

「自分の身体がどういう身体か、何が(自分の身体に)効果的かもわかっている。自分にかける時間は増えた」

普段からチームで共有するゲームプランを勉強し続けることで、周りと調和のとれたプレーを実現する。その思考はシンプルだ。

「皆がいいプレーをしてくれないと、僕もいいプレーができない。皆にいいプレーをしてもらって、最後に僕がいいプレーをする」

 中心選手としての自覚も、徐々に育んでいる。全体練習後に同じスタンドオフの松田力也とゴールキックを蹴り込むなど、ジョセフHCの掲げる『ONE TEAM』のコンセプトに見合った態度を貫く。

さらには、同級生のリーチ マイケルキャプテン率いるチームのリーダーズグループに入った。もともとは自由時間もミーティングに割かれるからとリーダーになるのを嫌がっていたが、ジョセフHCに「ダメだ!」と却下されたと苦笑する。

同級生のリーチらとともにチームをまとめる役割もこなしている(撮影:松本かおり)

 ワールドカップイヤーの日本代表は、候補選手を徐々に絞り込みながら6月以降は宮崎、網走で猛練習を繰り返してきた。強豪を打ち崩すためのプラン策定や分析も、きっと秘密裏におこってきただろう。

前回大会はスコットランド戦にのみCTBとして出場した(撮影:早浪章弘)

大会登録メンバーが内々のミーティングで発表されたのは、8月28日。第三者から見れば「当確」に映った田村も、この時ばかりは名前を呼ばれるまで気が気でなかったという。

当時の心境を、丁寧な言葉選びで表現した。

「えー、まぁ、(2015年のイングランド大会前に続いて)2回目ですね。ああいう状況に出くわすのは…。やっぱ、ドキドキしましたし、ずっと下を向いていました。自分の名前を呼ばれた時はホッとしましたし、ただその前に名前を呼ばれなかった人もいたので…。何と言いますかね。ずっと、下を向いていました。あまり、周りを見る感じでは、僕は、なかったです」

 出たくても出られない人がいるワールドカップに、自分が出られる。4年に1度の大舞台に参加するのは、ただそれだけも貴重な体験と感じさせられる。何より、国民から結果が求められる。やはり、「プレッシャー」からは逃げられない。

「コーチが出してくるプラン、戦術を信じて遂行しきれるかどうかにかかってくる。僕は相手より自分たちの準備、プレッシャーにどう対処するかにフォーカスしていきたいです」

 こう語ったのは9月21日。東京スタジアムでのワールドカップ開幕戦でロシア代表に30-10で勝った翌日のことだった。このときはミスの多かった試合を「緊張して死にそうでした」と振り返ったものだが、もっとも試合を重ねるたびに普段通りのパフォーマンスを発揮している。

劇的な勝利を挙げたアイルランド代表戦後は、試合前にジョセフから受け取ったというメッセージを紹介した。

「誰も勝てると思っていない。誰も接戦になると思っていない。誰も自分たちが努力してきたことを知らない」

サモア戦を終えて1T、7G、13PGで40得点をマーク。(撮影:松本かおり)

首脳陣を信じ、仲間を信じ、自分を信じ、プレッシャーに打ち勝つ。決勝トーナメント進出が決まる10月13日のスコットランド代表戦に向けて、心境を述べた。

「これまでの中でも最高の準備をして臨みたい。メンタル、スキルを1週間かけて準備をしていきたい。あとは、なるようになる。一方で、完璧を求めすぎないで、100%楽しむだけ。そうすれば、ミスをしても、しなくても、プレッシャーにはならない」

日本代表史上初のワールドカップ8強入りへ、あと一歩。
鋭い眼光の田村優の存在感は増すばかりだ。

(プロフィール)
田村 優
YU TAMURA
たむら・ゆう/1989年1月9日生まれ(30歳)、愛知県出身。181㎝/92㎏。岡崎市立甲山中→國學院栃木高→明治大を卒業後、2011年にNECグリーンロケッツに入部。2012年4月28日のカザフスタン戦で日本代表デビュー。2015年のイングランド・ワールドカップでは、2試合に出場。2016年にキヤノンイーグルスに移籍。サンウルブズのメンバーとしてスーパーラグビーにも出場。2019年ワールカップ代表として、3試合出場、5G、10PG=40得点。日本代表キャップ61(サモア戦終了時点)。

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