競技のことを知れば、スポーツ観戦は100倍楽しくなる。
ついに開幕する「日本開催」のラグビーW杯を前に、元サッカー女子日本代表でワールドカップ優勝メンバーの丸山桂里奈さんが、読者を代表してラグビーに挑戦。
そのサポートをしてくれるのは元ラグビー日本代表伊藤剛臣さん。2度のワールドカップ経験者が苦手なキックも披露し、熱血指導してくれた。
人生と同じ?ラグビーボールが転がる先は…
丸山さん
もうすぐラグビーワールドカップが開幕します。大会をより楽しむためには、やっぱりラグビーのことをよく知っておかないと。今日は、同じ事務所に所属する剛ちゃんこと、元日本代表の伊藤剛臣さんにラグビーを教えてもらいたいと思います!
伊藤さん
光栄ですよ、サッカーで国民栄誉賞を取った丸山さんとラグビーボールで遊べるなんて! …このボール、見てください。サッカーと違って、まん丸じゃないでしょう? だから、地面に落ちた時にどっちへ転がるかがわからない。人生と一緒ですね。
丸山さん
なるほど! 人生と一緒で、何があるかわからない!
伊藤さん
そう! ただ本当にスキルのある人は、例えばキックを蹴ってもちゃんと思ったようなバウンドで転がすことができるんです。転がり方を計算しながら、足にボールを当てられます。
丸山さん
サッカーボールなら、多少思っていたのと違うところへ足が当たっても前には転がりますから。でも、ラグビーだと狙ったところにピンポイントで足を当てないといけない。ボールが丸になればよかったと考えたことはないですか? 私は逆に、サッカーボールがこの楕円球じゃなくてよかったと思います。
伊藤さん
…さすが丸山さんだね。コメントが一味違う!
丸山さん
だって、何かのきっかけで変わっていたかもしれないじゃないですか? 最初にサッカーを始めた人がラグビーボールを蹴って『これがサッカーだ!』と言ったら、私たちもこのボールでサッカーをしていたわけで。もともと、何でラグビーボールってこの形なんですか?
伊藤さん
確か、最初は豚の膀胱を膨らませてボールにしていたんですよね。その形が楕円球だった。もともとはサッカーもラグビーも使うボールに決まりはなくて、「ふたつのチームが球状のものを奪い合って、どちらかの村まで運ぶ」というゲームだったみたいですね。諸説ありますが。
丸山さん
…え、それは人間が初めたことですか? 原始人とか?
伊藤さん
…いやぁ、違いますね! 丸山さんの発想は。
愛情をこめて、赤ちゃんを扱うように
伊藤さん
じゃあ、実際にパスを放ってみましょうか!?
丸山さん
うん、やってみたい! 実は大学の選択授業でやったことがあるんですけど、ラグビーでは前にボールを投げちゃいけないんですよね?
伊藤さん
そう。ラグビーでは真横より後ろにしかボールを投げられません。前に出るには、キックするか自分で持って走るかだけ。でも、相手のいないところへパスを投げたら、捕った人は大きく突破できます。じゃあまず、ボールの真ん中より下を両手で持ってみてください。その形から、最後は指で弾くように投げます。
丸山さん
(ボールを真上に弾ませながら)こう、ですか?
伊藤さん
そう! 次は投げてみましょう。指ではじく感じを忘れずに、ボールの先端を僕の方に向けるイメージでパスしてください。
丸山さん
行きまーす。
伊藤さん
お、うまい! さすが、センスがいい!
丸山さん
ホントですか? 教え方がうまいんですよ。
伊藤さん
何で先端を向けるのかと言うと、その形で投げたら結果的にボールのおなかの部分が僕の手に収まるようになるんです。これが、味方の捕りやすいパスです。もういっちょ!
丸山さん
はい!
伊藤さん
いやぁ、さすが! うまい! 僕も投げてみますよ。捕ってください。
丸山さん
うわ、タケちゃんのパスって弾道がぶれないですね。…あ、当たり前か。でも私は、何本か投げてみたらだんだんボールが曲がって飛んじゃいます。
伊藤さん
最初、指でボールを弾いてと教えたじゃないですか? その指で弾くのと腕を振るタイミングが合ってくると、もっといい感じに放れますよ。
丸山さん
難しい…行きますよ!
伊藤さん
完璧です! さすがだわ、世界チャンピオン! 覚えるのが早いですよ。あとはとにかく、愛情を込めてパスをすることです。「ボールは赤ちゃんを扱うように大事にしなさい」という風にも言われてるんですよ。
丸山さん
え、怖い! じゃあ繊細に扱わなきゃですね。
そのパス、偏差値120 ?
伊藤さん
今度は、ボールを遠くに飛ばすスクリューパスを投げてみます。丸山さん、20メートルくらい離れてみてください。
丸山さん
20メートル?
伊藤さん
準備はいいですか? パスを捕るときはハンズアップ。手のひらを胸の前に揃えてください。じゃあ、軽めに行きますよ!
丸山さん
うわ、凄い! 遠くに投げる時は、ボールをぐるぐると回転させるんですね。確か手の振りはこう…。
伊藤さん
すごい、その手の振りがすでにいい感じです!
丸山さん
ホントですか?
伊藤さん
うん、いい感じです! 改めて持ち方から言うと、手のひらを位置を前後にずらすようにします。回転は、後ろの方の手と指でかけるんです。でも、無理に回転をかけようと思わないのが大事。とにかく、後ろ側の腕をしっかり振る。フォロースルーの瞬間は、振った方の親指を軸に手のひらを外側へ返す感じを意識してください。最初は、後ろ側の手だけで練習してみましょう!
丸山さん
行きます!
伊藤さん
そう! そんな感じです! もういっちょ!
丸山さん
はい!
伊藤さん
うまーい! さすがですね!
丸山さん
え、本当に? そんなに褒められることないんですけど!
伊藤さん
この調子で、もう少し投げてみましょう。前の手はパスの方向づけのために添えます。特に、上から親指が大事。ボールを抑えるようにして、弾道を一定にします。
丸山さん
こう、ですか?
伊藤さん
そう、そんなイメージです! 素晴らしい! もう、偏差値120ですね! 僕ね、スクリューパスを投げられるようになるまで10年かかったんですよ?
丸山さん
10年!職人みたいですねっ!!
伊藤さん
…さすがだなぁ、丸山さん。やっぱり違うなあ、表現が、国民栄誉賞!
“なでしこの点取り屋”のキックは…
伊藤さん
次は、ボールの捕り方です! ラグビーにはパス、ラン、キックがあります。僕はポジション柄、一度もキックを蹴ったことがないですけど、キックオフというプレーを再開させる動きの時に相手のキックを捕らなきゃいけないことはたくさんありました。その時も、パスを捕るのと同じようなハンズアップを意識します。じゃあ、蹴ってみます。…あ、ゴメン!(蹴ったボールが大きくそれるが、すぐに落下地点に先回り。キャッチ成功!)
伊藤さん
おー、ナイスキャッチ! 俺がミスして『ごめん!』と言った瞬間に動く、この素晴らしい反応! みんな見た? さすがだよね!
丸山さん
いやいや、とんでもないです! 逆に、捕るよりも蹴る方が難しそう。これ、どこを蹴ってるんですか?
伊藤さん
俺は試合で蹴ったことがないだけど、だいたいこの辺(ボールの下部)に足を当てるみたいですよ。
丸山さん
じゃあ、タケちゃんのいるところに蹴ってみます。
伊藤さん
(キックを捕球)お、うまい! ラグビーボールを蹴ったのは初めて?
丸山さん
うん、でも難しい! さっきも思ったんですけど、ちゃんとピンポイントで蹴らなきゃ真っすぐ飛んで行かなそう。キックの種類は他にもあるんですか?
伊藤さん
ボールをまっすぐ下に落として足を当てると、ボールが地面を転がっていきます。
丸山さん
試合を見ると、パスができないと見た選手がボールを蹴って、それを自分で捕って走っていくプレーもありますよね。あれ、よくできるなー! って思いながら見ています。なかにはサッカーみたいにドリブルしていく選手もいますよね。そのプレーが出た時、解説の方が「この選手は昔サッカーをしていたんです」と言ったのも聞きました。
伊藤さん
有名な五郎丸歩選手も、サッカーをしていたんですよ!
丸山さん
サッカーをやっていた人がラグビーをしている人がいるって、私も嬉しいです! サッカーの動きはラグビーにも活きるんだなって。
伊藤さん
僕もバレーボール、野球、バスケットボールといろんなスポーツを経てラグビーを始めました。いろんなスポーツの経験が活きる、最高の遊びなんです!
キックの得点の「種類」とは
伊藤さん
では次は、プレースキックを蹴ってみましょう。ラグビーには点の入り方が4つあります。ゴールラインの向こうへボールを置くトライが5点。トライの後に蹴るプレースキック(コンバージョンゴール)が2点、相手が反則した後に蹴られるプレースキック(ペナルティーゴール)が3点。そして、プレー中に地面にボールを弾ませて蹴るドロップゴールも3点です!
丸山さん
キックは、あのH型のポールの真ん中にボールを蹴り込めばいいんですよね。でも、どうやってボールを上に蹴り上げているのかがわからない!
伊藤さん
じゃあ、まずはプレースキックからやってみますか。本当はキックティというボールの土台を使うんだけど…(あたりを見回す)。おい、M! こっち来て!
(ここで伊藤さんのマネージャーMさんが登場)
伊藤さん
風が強い日は、味方選手が縦になったボールのてっぺんを抑えて蹴るのをサポートしてくれるんです。(Mさんに)そう、ちゃんと寝そべって。ボールは軽く抑えるだけね。え、試合でゴールキックを蹴ったこと? ないです!
丸山さん
え、怖ーい!
伊藤さん
じゃ、蹴りますよー!
丸山さん
え、うまーい!
伊藤さん
M! いまのはお前のボールの支え方がよかったんだよ! その調子でもう1回、抑えて! 丸山さん、どうぞ!
丸山さん
わかりました。いきますね…。
伊藤さん
お、サマになってますね!
丸山さん
どうですか?
伊藤さん
さすが! うまい! 我々はいま、丸山さんが生まれて初めてラグビーのゴールキックをした瞬間に立ち合いましたよ。皆、見ましたか? 素晴らしい!!…
楕円球だから面白い!
丸山さん
初めてラグビーのゴールキックを蹴ってみたんですけど、私が思っていたよりボールが横にそれちゃいました。やっぱり、実際にやってみると難しいのがわかります。
伊藤さん
でもね、これもさっきのパスと一緒で何回か繰り返せば身体が覚えますよ! あとは最後にもうひとつ、ドロップキックを蹴りましょう! プレー中にボールをバウンドさせて、蹴る!
丸山さん
あ、テレビで見たことある!
伊藤さん
相手のディフェンスが強すぎてなかなか強すぎてトライが取れなそうな時に、意表を突くように蹴ります。決まれば3点です! 実はワールドカップの決勝戦で終了間際にこのドロップゴールが決まって優勝が決まったこともあるんですよ。
丸山さん
飛び道具みたいなもんですね。
伊藤さん
僕は一度も蹴ったことがないんですけど、昔の仲間に聞いた通りにやってみましょう! えーと…。ボールを真下に落として…。
丸山さん
うわ、すごーい!
伊藤さん
初めて前に飛びましたよ! きっと、丸山さんの才能と感覚だったらできますよ!
丸山さん
ボールを下に落とすのが難しそう…。
伊藤さん
そこがこのプレーの一番大事なところです。
実はワールドカップの決勝戦で終了間際にこのドロップゴールを決めてイングランドが優勝したこともあるんですよ。
W杯、伝説のドロップゴール
2003年大会決勝のオーストラリア戦の延長後半終了間際、イングランドのジョニー・ウィルキンソンが決めた。劇的な得点で自国開催での優勝に導いただけでなく、利き足ではない右足で決めたことなどもあって「世界一有名なドロップゴール」と伝説化されている。
丸山さん
そうなんですね!よし、そういう場面をイメージして…。あー、違う方向へ行っちゃった!
伊藤さん
いやいや、初めてでしょう? すごいですよ。
丸山さん
もう1回やりたい! え…と…。
伊藤さん
うまい! 入った! 丸山さんの初ドロップゴール成功! どうですか、丸山さん? 楕円のボールを蹴るのも楽しいですか?
丸山さん
楽しいです! それと、考えさせられますね。多分、サッカーの丸いボールなら、持って蹴ったら絶対に真っすぐ飛ぶじゃないですか? だから、やっぱりラグビーボールは蹴りにくい楕円の方がいいような気がしました。蹴りにくいことによって、キックの専門の人の大事さが増しますよね。皆がそれぞれの強みを極められるのは、楕円のボールならではですね。
伊藤さん
よく言ってくれました! ラグビーには色んな体型の人に合ったポジションがあります。いま丸山さんが言われたようにキックが得意な人もいれば、ボール争奪戦が得意な人もいれば、ボールを持って走るのが得意な人もいます。チームメイトが助け合いながら、プレーするんです。
丸山さん
奥が深いですね。自分でやってみたら難しさがわかるし、究めたいとも思えます。本当に楽しかった。またやりましょう!