春から夏にかけて厳しいトレーニングをおこなった場合、その成果は試合に向け練習量を落とす秋以降に現れることが多い。選手のコンディションが整うからだ。
例えば2015年秋のワールドカップ・イングランド大会で3勝した日本代表も、同年夏のパシフィック・ネーションズカップでは1勝3敗と苦しんでいた。その場でプレーしていた松島幸太朗は、当時をこう思い出したことがある。
「大会期間中でも普通に(ハードな)練習していたので、身体が動かないのも事実でした。ただ、疲れているなかでもアタッキングラグビーができているところはあった。フレッシュな状態であれば大丈夫、という自信はありました」
その意味では、今季の中大ラグビー部は夏場まで走りに走った。加盟する関東大学リーグ戦1部で前年度8チーム中8位から浮上すべく、松田雄監督に招かれたばかりの遠藤哲ヘッドコーチ(HC)がタフなセッションを課す。
8月14日、長野・サニアパーク菅平で練習試合に挑む。同リーグ戦2部チームの立正大に、40-45で落とす。ミスを重ね、向こうの留学生の激走を許した。
「まだまだですね。あそこ(試合の各局面)でスピードを出せないとは……。スピードと言ってもいろいろとありますが、きょう特になかったのは前に突き破るスピードでした。準備は悪くないのだけど、結果に結び付けられなかった。これはコーチとして考えますが、ぶれることはない」
昨年まで20歳以下日本代表を率いた遠藤HCは、成功したジャパンにも通じる一般論には決して甘えない。
「走り込んで、それを解き放って、という形でやっています。それにしても……ということです。しんどくなっても走れるチームと、しんどくなって崩れるチームがある。その間の差は何か。それは意志、かっこいい言葉で言えばプライドかもしれない。スピードで勝負するのであれば、どんな状態でもスピードで負けてはいけないだろうと。代償は大きいけど、ここから変わろうとすればいい」
ゲーム主将のNO8鬼頭悠太もうなずく。
「(立正大戦では)いつもと違う新しい(攻撃)オプションにチャレンジしましたが、うまくいかずに相手にやりたいことをやられてしまった。スピードを活かしてボールを動かしていこうとしたのですが、接点の攻防、セットスピードの精度がよくなくて。もっと自分たちから仕掛けるべきところで受けてしまったところもだめだった。ミス、反則も多かった。激しく動いた分、疲れがあるということには逃げたくない」
試合後の談話通り、遠藤HCの教える中大はスピードをキーワードに掲げる。リーグ戦1部で3つしかない、留学生のいないチームのひとつだ。スペースを見つけるスピード、反応のスピードを高め、パワー勝負で際立つライバルをかき回したい。
実際の加速力もつけるべく、走りの専門家にも声をかけた。サッカーなど他競技でも活躍する里大輔氏だ。ラグビー界でも、静岡聖光学院高や年代別日本代表でも走りのフォームや身体の使い方を指導してきた。スーパーラグビーのチーフスでプレーした日本代表のアタアタ・モエアキオラも、20歳以下日本代表などで出会った里氏の助言でステップが鋭くなったと話す。
里氏の中大でのコーチングは2週間に1回ほど。身長170センチながら激しく身体を当てる鬼頭は、「自分自身、速くなった」。タックルをして倒れた後は、ただ両手で地面をつくだけではなく片膝を立てながら起き上がるよう助言された。手応えをつかめた。
「足の使い方から教わって、ラグビーに使えるスピードが本当に速くなった」
確かに立正大戦に出た各選手とも、キックを追いかけるチェイス、遠い間合いからのタックルが明らかにシャープだった。里コーチ自身も「とんでもなく走っていますので、いまは身体的にはしんどい状態だと思います。身体が重たいのでキレはない。ただ、選手に聞いても『まだまだ全然、走れます』って」と前向きである。
測定の一環で「4秒ないし6秒のスプリント走をして何メートル先に進めるか」をチェックしたら、成長を実感できる。
「全体的には、シニアレベルで設定した目標値は大きく超えています。最初は高校生に設定するようなタイムもクリアできなかったのですが。今後は、出せるようになった速度をラグビーでどう出すかを見たいです。まだまだ用意しているステージにはたどり着いていないので、とにかく楽しみです」
遠藤HCはこうだ。
「彼自身のコーチングスキルに期待して任せています。スキルが得られるのはもちろん、『ここまで緻密にやるのか』『逆に、少し手を抜いただけでもここまで落ちてしまうのか』と、スピード追求をきっかけにいろいろなことを学べる」
内々で掲げる目標は、低くないようだ。鬼頭は「(その目標は)きっと中大関係者以外が聞いたら笑うと思います。でも、僕らは本気で信じてやっている」。打たれている布石への手応えがにじむ。
「八王子(本拠地)でもしんどいことへ取り組んできて、進捗状況自体は本当にいい。僕がいままでいたなかでも一番です。遠藤さんは理に適ったことを教えてくれる。細かい部分にもこだわる。ミーティングも増えました。リーダー陣も遠藤さんと本音でいろんな話をしながら進んでいます」
リーグ戦の開幕は8月31日。前年度王者の東海大が相手だ。スピード革命という名の巨木をなぎ倒すための準備が、着々と進んでいる。