ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】橙色のためのスラッシー。  田邉淳[クボタスピアーズ アシスタントコーチ]

2019.08.15

2017年にはサウスランド州代表(NZ)のコーチも務めた。(撮影/早浪章弘)



 昔は「アツシ」。今「スラッシー」。
 ラグビー仲間からの呼び名である。
 田邉淳は笑いながら説明する。
「外国人にはアツシって発音しにくいみたいです」

 田邉は今年4月、オレンジ色ジャージーのクボタスピアーズのアシスタントコーチに就いた。
「最初に話を持ってきてくれて、待遇など内容が具体的でした」
 スーパーラグビーのサンウルブズのスキルコーチから転身する。

 就任後、すぐに結果が出る。
 トップリーグのカップ戦では神戸製鋼に7−43で敗れたものの準優勝。クボタにとって、メジャー大会における決勝進出は1978年の創部以来、42年目で初の快挙になった。

 チーム広報の岩爪航(わたる)は評する。
「田邉コーチの功績は大きいです。タフであることや勝利にこだわることなどの文化をスピアーズに持ち込んでくれました」
 一歩引いた外からでも、34歳の元PRは良化を感じている。

 元々このチームにはヘッドコーチ(監督)であるフラン・ルディケの薫陶がある。
 教員上がりの指導者は選手との1対1の面談を重視。人間的な結びつきを強めてきた。

 ルディケの出勤は誰よりも早い。田邉が6時ごろ、千葉・船橋のクラブハウスに着くと、淹れたてのコーヒーを注いでくれる。
「毎朝、彼のコーヒーが飲めて幸せです」




 南アフリカ出身のルディケは理論もある。
 ブルズなどのヘッドコーチとしてスーパーラグビーを10季戦った。優勝2回。母国やフィジーの代表にもコーチとして参加した。スクラムやラインアウトの強化は特にうまい。

 そのセットプレーを土台にして、田邉はエッセンスを加える。
 攻撃では相手が予期せぬ状況、いわゆるカオス(Chaos=混乱)を意図的に作る。
「トライの機会をこちらが演出します」
 ひとつの形はキックの連続だ。ハイパントを使い、そのボールを再確保し、さらにライン裏へのゴロパントやキックパスでトライを狙う。神戸製鋼戦では得点こそできなかったが、前半終了間際にその形を示した。

 蹴ればボールを手放す。しかし、守る側は後ろに戻らねばならず、混乱が生じる。プレー選択の主導権は攻撃側にあるため、決め事を作り、それに沿って反復練習をすれば、ボールを保持し続けることは可能だ。

 そのカオスで不可欠なのはタックルだ。
「立って終わりではない。ボールを奪い取ってはじめて終わりになります」
 最も大切なのはマインドセットと話す。

 その上で基本的には前に出る。
「相手のスペースと時間を奪います」
 動かさず、考えさせる暇を与えない。

 個人の技術も確認する。
「逆ヘッドで行っていないか、とか、同じ側の肩と足を出しているか、とかですね」
 神戸製鋼には完敗したが、プール戦からの6連勝に指導の正しさが透けて見える。

 田邉は今年6月で不惑をひとつ越した。
 競技を始めたのは大阪の茨木ラグビースクール。4歳から中3まで続けた。高校は兵庫の報徳学園。入学1か月ほどで休学して、ニュージーランド(NZ)に留学する。
「小6の時に旅行して、自然が豊かないい国だなあ、と感じました。英語を生で勉強したい、という思いもありました」

 そのまま、南島のクライストチャーチにあるシャーリー・ボーイズ・ハイスクールに籍を移す。語学克服のため、ノルマを課した。
「1日3つずつ英単語を覚えました」
 その積み重ねは今に生きる。通訳を介さず、ルディケに気持ちを正確に伝えられる。円滑な意思疎通の根本である。




 卒業後は、「ティーチャーズ・カレッジ」と呼ばれるクライストチャーチ教育大に進む。
 ラグビーは地元クラブのシャーリーで続けた。速さ、キック、パスなどを武器にSOやFBとして一軍に定着する。

 オールブラックスのLOクリス・ジャックとはチームメイト。日本人ではカンタベリー大学クラブにリコーから留学中のSO信野將人、バーンサイドには帰国してから代表キャップを17に積み上げるPR西浦達吉らがいた。

 地元の土産物屋で働いていたが、現地に合宿に来た三洋電機(現パナソニック)の首脳の目に留まり、2003年に帰国。そのシーズンからチームに加わる。NZでは9年を過ごした。

 2009年度は得点王(191得点)とベストキッカー(171得点)の2冠に輝く。翌年度は連続してベストキッカー(152得点)になった。日本代表ではキャップは3を獲得した。
 
 2013年度シーズンを最後に現役引退。11年間でリーグ制覇を3回果たす。その後、コーチに就任。そして、サンウルブズに移る。両チームで3年ずつ指導経験を積んだ。

 影響を受けた指導者は4学年上のトニー・ブラウン。サンウルブズのヘッドコーチだ。
 オールブラックスとして18キャップを持つ元SOとは、選手やコーチとしてパナソニックなどで11年間一緒だった。

「そんなところを見ているか、っていうくらい色々見ています。映像なら画面の端ですね。『ボールの動きは観客と記者に任せておけばいい』と言われました」

 コーチは「見るプロ」でなければならない。見えないと教えられない。次の段階に上がれない。一番大切なことを教わる。
 まずは、黒星を喫した神戸製鋼との試合をすみずみまで見渡して、これからのクボタの躍進を支えていきたい。


Exit mobile version