ラグビーリパブリック

【コラム】きれいなおねえさん

2019.08.08
藤沢ラグビースクールの中学生たちの練習(撮影:BBM)

藤沢ラグビースクールの中学生たちの練習(撮影:BBM)

 唐突に浮かんだのは、もう25年以上も前のフレーズでした。

 美容家電のキャンペーンをあるメーカーが打ち出して(現パナソニック!)、「きれいなおねえさんは、好きですか」のコピーが巷に広まりました。

 家の鏡の前。たぶん人と比べての容姿ではなくて、シュッとした状態に自分をスイッチする、そして家以外の場に出ていく、切り替えの場面。ラグビーの現場は、いろんな人が集まって、スイッチが入った凛々しい姿が見られるところだと思うのですが、日常的に女性が少ない。楕円球のそばにもう少し女性がいてくれたら…と、今さらながら実感する機会が先日、またありました。

大学、高校、中学部活にラグビースクール。数字が示せず恐縮ですが、現場感では年少カテゴリーほど男性社会。中学生の現場ではあまり女性の姿を見られません。

 野村周平さんが7月25日のコラムで触れているように、中学年代はラグビーのパスウェイの上で、プレー環境がぎゅっと細く絞られてしまう局面です。小学生人口が増えても、中学で人が削られ、高校生は減少が止まっていません。中学生は特に、男女が一緒でもプレーできる(男女同時出場で公式戦ができる)最後の年代です。せめてここで人口を失わないために…私は、女子の活躍が効果的だと思います。単に頭数ではなくて、その存在は中学ラグビーの中身に刺激を与えるのではと感じます。

 中学ラグビーのこれからの発展に女子がもっと必要な理由を、今は二つ挙げてみます。一つはラグビーの質への影響、もう一つはマネジメント面の充実です。

 反対に考えてみるといいのではないかと。

 中学生で女子も少なからず活躍できる環境ってどんなでしょう。

男子のU15だけを切り取っても発育差が大きなこの時期、クラッシュ、またクラッシュのラグビーをするチームに女子の活躍の場は見つけづらそう。欲しいのは逆のスタイルです。小学生時代のラグビーや、他の競技で培ったパス、キック能力が基盤。視野の深さを高めてタテの空きスペースも使い縦横に走り回ります。局面ではクラッシュよりも、ずらしたり交わしたりしながら、ボールの動きを止めない。12人制は裏に抜けた場合のカバーが薄くなりがち、小さくでも絶えずボールを動かせば、ハードヒットはなくても、トライを奪う道筋は立てやすいのでは。試合時間は20分ハーフと短いため、わずかな時間にたくさん喋れるコミュニケーション能力も大切です。ディフェンスで、相手がガツンと当たりにくる場合は? 少し武道的な素養は必要かもしれません。相手のヒットを複数の選手で受け止め、うまく衝撃を吸収して足に絡めたら。コンタクトの間は、絶対に目をつぶらないことが大事です。ブレイクダウンはなるべく作りたくないのですが、相手が作りにくる場合はとことん低く、絡みます。やわらかく股関節を使って相手のブロウを吸収。このスタイルには攻守ともたくさん走ることが求められますが、持久力なら、この時期の選手であればがんばっただけ伸びやすいはずです。

 女子が活躍できそうなチームでは、男子選手もすくすく育ちそうな気がします。

 そしてもう一つのマネジメント面については、神奈川でお手本のようなチームを取材する機会がありました。

 藤沢ラグビースクールは、OBが監督など指導陣にも加わるローカルのクラブです。みんなとても仲がいい。中学部の選手は60人弱で、女子が9人います。2年生は17人のうち7人が女子。素晴らしいなと感激していたら、コーチ陣にも女性がいる、と教えてくれました。

 1人は中村里英さん、双子の娘が中2にいて、娘たちの進級に伴って中学部のコーチになりました。
 
 もう一人は埜村弥生さん。本職はナース。息子と一緒に小学生時代から練習をみるうち、メディカル面の世話をするようになりました。中学では正式にスタッフに入りました。

「私自身は男の子はいないから、中学生の男子を見ているだけでも楽しい。面白い」と中村さん。父親が藤沢RSのコーチだったのですが、当時女子は勧誘の対象にさえならず、ジャージーを着ている兄よりも自分がうまいと自負しながら(!)もフィールドには入りませんでした。学生時代は陸上競技に打ち込みました。今、スクールが重視する、体の使い方やアジリティについては伝えられることがあります。スタートコーチからラグビーの指導資格を取り始めたところです。テーピングも講習会に通って巻けるようにしたそうです。

「自分には機会がなかったけれど、娘たちが4歳の時、ラグビーはどうだろうかと思って私の母に相談しました。反対するものだとばっかり思っていたら、二つ返事で。いいじゃない! ぜひやりなさい! って言ってくれた。うれしかった」

 幼い頃には踏み入れなかったフィールドで、中学生たちとラグビーを楽しんでいます。

メディカルの埜村さんの存在は、フィールド上ではオアシスのような働きを持っています。埜村さんが持つ医療に関する知識と経験が、選手にとっては安心感や、メンタル面の切り替えを得る場になるのです。

「男子でも、僕らには言いづらいことがあるようで」と、監督の久富圭介さん。2人を含め藤沢のコーチ陣は、目線がいつも何かを捉えていて、細かく動き回っている印象です。

 女性2人がスタッフに入ったのは、いま中2の代で女子が大幅に増えたことがきっかけでした。娘を持つ保護者からすれば、練習、遠征、試合、合宿に女性の指導者がいることは大きな安心です。

 一方で、もともと仕事も家事もある2人が指導者としてスクール活動に参加し続けるには、多くの課題があります。仕事と家庭とラグビー、その難しいバランス取りは、本当は男性コーチにも求められている課題です。より多くの家事を背負っている女性スタッフが今よりさらに参加しやすい体制を作れたら、みんなにとっての前進になります。

埜村さん(左)と中村コーチ。藤沢RSの練習にて(撮影:BBM)

 指導陣をU15でまとめる久富監督は、新体制になって、これまでにない発想や物事の進め方がクラブに備わったと感じています。

「今まではなんとなく、で進めていたものを形にしたり、整理したり」

男ばかりだったピッチへ踏み込むお2人も本当にたいへんですが、受け入れる側にも覚悟がいったでしょう。そして、新しい声に耳を傾け、変わる勇気は今後もずっと求められます。それは本当は、女性指導者の有無にかかわらず同じはずです。

 
 藤沢RSの中学生たちはこの春、ライバルと見定めていた横浜RSを県内で破って優勝しました。9月には単独チームの全国大会、太陽生命カップに出場します。全国の舞台に向けて練習に取り組み、自分たちのスタイルを磨いています。

中学2年の内田すみれさんは中学部活では美術部に所属、まだトップチームへは距離がありそうですが、太陽生命カップには自分なりの貢献をしたいと願っています。

「藤沢はみんな仲が良くて、言うべきことも言いあえるいい文化があると思う。太陽生命ではそれを生かしてほしい」

スクールの子は幼い頃からきょうだいのように育ちます。一方でスポーツは、小さな非日常を体験する場。そこでいろんな機会を得て、楽しんだり、時に悩んだり、みんなで喜んだりしながら、社会に出る自分の基盤を作っていきます。

 いろんな人がいて、生かしあえるからラグビーは、楽しい。

それはラグビーがマイナー競技なのに大事にされる理由でもあります。楕円球のそばにいる女性が増えたら、かっこいいおにいさんや素敵な大人はきっともっと増えます。違いは豊かさ。この受けとめと努力は、ラグビーだから体現できることの一つではないでしょうか。