東京・四谷三丁目界隈。その地で酒場を営むラグビー好きの女性主人が、当日は自分の店は休みだから、秩父宮でトップリーグカップを観戦したあと、やはりラグビー愛好者である男性主人の一軒に帰還した。
そこへ、やはり秩父宮で栗田工業ウォーターガッシュの迷いのない攻防に心を奪われた(いいチームだ。タマテイ・エリソンのゲーム制御! 佐藤慶のタックル!)本稿の筆者がイノシシのソーセージめあてに店の戸を引いた。試合途中に日本協会新体制の記者会見が近くの会場で行なわれたのだが、去るのが惜しい気持ちになってスタジアムに残った。
12-40で日野レッドドルフィンズに負けたのだからウォーターガッシュは強くはない。いわゆる「それでも、いいチーム」だ。そういう試合はある。カウンターでたまたま一緒になった女性主人は、大東文化大学の前主将、平田快笙(東芝ブレイブルーパス)の異能にして正統な才能をなんというのか世間よりも早く発見、ずっと応援していた。つまり目が利く。その人も「栗田工業、いいチームですね」と言った。
なにがきっかけだったか女性主人が携帯端末の映像を見せてくれた。近鉄ライナーズのセミシ・マシレワの家族の投稿だろう。大型のテレビ画面にサンウルブズの試合が映る。マシレワ、抜ける。幼児が胸に楕円のボールを抱えて、父がインゴールに達するのに合わせて駆け出し、くるんと回転トライ(懐かしいですね)を決める。もちろん、かわいい。そして感心した。
そうなのだ。すべてのラグビー選手は、ことに少年少女は、ボールを手にしながら観戦すべきなのだ。絶対にうまくなる。ふと自分の青い昔を思い出す。大学3年、ラグビー部の練習を終えて、寮の食事当番に励んでいたら、当時の監督に声をかけられた。
「もう20歳なんやから、もっとボールを好きにならなあかん」
大西鐵之祐さん、鋭かった。かつての日本代表キャプテン、松尾雄治さんはこう語った。「父親がなぜラグビーのボールは楕円なのかを教えてくれたことがある」。いわく。「ひとりで遊べないからだ」。いい話だなあ。
なんて、どんどん、記憶や想像がふくらんでぼんやりしていたら、酒場の男性主人が笑った。「テレビの前の回転トライ、絶対、コラムに書くでしょう」。はい、この通り。
締め切り時点で今季の優勝は決していないが、本年もファイナル進出、このところのスーパーラグビーを牽引してきたクルセイダーズを「J SPORTS」で解説するたびに思う。「結局、ボールを落とさないから強いのだ」と。1996年に本格的にプロ化されたラグビー界、専門コーチがそれぞれの分野でおのれの存在価値を示そうと、攻守のシステムを細部まで考え抜く。そいつが世界へ広がり、日本列島の高校や大学にも「正しい方法」は浸透していく。しかし、テストマッチに、スーパーラグビーに、トップリーグに、関西大学リーグにも「よく勝つチームとたいがい負けるチーム」はそれぞれ厳然とある。よく目を凝らすと「個の能力」のそのままの反映ではない。昨年度のヤマハ発動機ジュビロよりも選手層の厚いチームはいくつもあった。でもヤマハのほうがノックオンやパスミスをしないのでうまくトライを重ねる。
クルセイダーズの攻撃の設計が傑出しているわけではない。どこも、ブルーズもサンウルブズも「うまくいったらトライ」の道筋は用意してある。でも、いつかどこかでボールを落とす。一見、パスが通ったとしても、かすかに軌道が乱れる。球の質が受ける者に優しくない。ミス発生。おしまい。築いたシステムは机上の正しさにとどまる。
高校や大学の練習を眺める。ハンドリングのドリル。「つながった」や「抜けた」ばかりに気をとられるチームは強くない。「ひとつの声。ひとつのキャッチ。ひとつのパス」に心を砕く集団は勝つ。格上に迫り、とらえる。
2年前。サントリーサンゴリアスの元オーストラリア代表ワラビーズでキャップ103、マット・ギタウの逸話をチーム仲間に聞いた。網走の合宿。パスミスをおかした。すると、あとの移動の車中でずっとボールを手にしていた。本人に確かめると「ベストのプレーをするためにここにいるのに最悪のパスをした。もっと自分がよくならなくてはいけないと思ってそうしました」と話した。