神戸製鋼ではフッカーではない。
平原大敬(ひらばら・ひろたか)は右プロップで先発した。
珍しくタイトヘッドもこなすことができる。
サイズは176センチ、113キロ。NTTコミュニケーションズ8人の重さが、真っすぐのみならず、右外からものしかかる。
最初のスクラムはかろうじてキープした。2回目はめくられる。3回目もぐらつく。それでも味方はトライにつなげた。開始6分までは不安定。平原は苦笑いを浮かべる。
「相手もそこが強みです。すぐに修正ができませんでした」
後半に入った2分には逆にスクラムを押した。両足のスタンスをやや広げたようにも見えた。32歳のベテランらしく、巧者の印象を残し、10分に交替した。
神戸製鋼は平原にとって所属3チーム目。6月15日、ホームの灘浜であった最終試合は47−17で快勝した。1週間後の22日からトップリーグのカップ戦が始まる。
今年度、豊田織機から移籍した。プロ選手として2年契約が終わったあとだった。
「日本一のチームから声をかけてもらえた。自分の力を試したい、と思いました」
愛知・刈谷では、トップリーグでも屈強の1列目にいた。左から川俣直樹、平原、長江有祐。左右の1年先輩は、ともに日本代表キャップ18を持っていた。
昨年度、公式戦は休息の1試合をのぞく13試合に出場した。すべてフッカーだった
「いい勉強させてもらいました」
技術の吸収に富む時期を過ごした。
神戸製鋼の現場トップ、チームディレクターの福本正幸は獲得理由を説明する。
「フッカーがいませんもんね。それに彼はプロップもできますし」
スクラムセンターにおいて、現段階で計算が立つのは日本代表キャップ9を持つ有田隆平のみ。鹿田翔平はケガがちの評価。バックローから転向した西林宏祐や長崎健太郎はまだハイレベルの経験が少ない。
年齢を危惧する声があるが、福本は意に介さない。フロントローは年よりも、スクラムを組み込んだ数、すなわち経験がものをいうことを知っている。自身、慶應大でプロップに転向。このチームの7連覇を支えた。
この試合でフッカーに入ったのは有田だ。2人はコカ・コーラの元チームメイトでもある。神戸製鋼には有田が1年早く加入した。平原より2学年下の30歳は振り返る。
「3、4年ぶりに一緒に試合に出ましたが、組みやすい。身長も僕と同じくらいですから」
背丈は有田が1センチ高いだけ。肩がそろえば一枚岩になりやすい。平原は言う
「フッカーとしてはライバルだけど、プロップとしてはいいパートナーです。彼がいてくれて心強いです」
平原は、日本代表がキャンプを張る温暖な宮崎県の出身だ。
中2から宮崎ラグビースクールで競技を始める。高校は高鍋。3年間、全国大会に出場した。ナンバーエイトでレギュラーになった2年時(2003年度)は1回戦で國學院栃木に5−19、次年は2回戦で流経大柏に19−31で敗れた。83、84回大会だった。
帝京大ではU19日本代表に選ばれる。フッカーに転向して、2年からポジションをつかむ。3年からプロップもカバーした。
大学選手権は初戦(7−10京産大)、4強(5−12早大)、決勝(10−20早大)でそれぞれ敗退する。43〜45回大会だった。
平原が卒業した年から9連覇が始まる。
就職は地元九州のコカ・コーラを選んだ。当時、採用担当だった西村将充は話す。
「100%ラグビー野郎って感じです。ピュアでラグビーが大好き。会社案内をした時、いきなりトレーニングをしだしました」
福岡・香椎のグラウンドに付随するウエイトルームを見て感動する。バーベルに組みついた。純粋さがわいて出る。
コカ・コーラには8年いた。
ジャパンの下に属する日本代表Aや九州代表に入った。最後の2年はラグビーに集中するためにプロになった。複数年が終わり、契約満了。更新はなかった。チームは若手への切り替えを図る。その後、豊田織機入りし、神戸製鋼にやって来た。
港町・神戸の日々は楽しい。
「海があって、山があっていい街です。静かですしね」
シングルのため、会社の独身寮に住んでいる。食事の心配はいらない。
「クラブ最年長ですが」
目じりを下げ、照れ笑いを浮かべる。
この深紅のチームで特に気に入っているのは、医療体制だ。
「ラグビー人生、30歳を越えれば体力は自然に落ちていくもんだと思っていました。でも、まだまだ自分に可能性があることがわかりました。トレーナーやマッサージ…。ラグビーをやれる面白さを与えてもらっています」
メディカル部門の充実はリーグ屈指。通常の倍から3倍の人数をかける。チームドクターは7人。伝統として地元の神戸大医学部と提携する。アスレチックトレーナーも5人いる。選手ファーストの姿勢が平原に響く。
1年目の目標を口にする。
「スタメンで試合に出ること。ポジション的なこだわりはありません。両方をやらせてもらって、どっちも面白みがあります。そして、日本一を獲りたい。大学から目指していますが、まだそこに到達できていません」
昨年度のトップリーグ制覇は、神戸製鋼にとって2003年度のリーグ創設以来、15季ぶりだった。平原の念願成就のためにも、この最良の時を伸ばしたい。
そのために、2番と3番をこなしていく。