ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】父をたずねて500キロ。 飯泉苺子(まいこ)/東大阪市立英田(あかだ)中学校1年生

2019.06.13

父・景弘さんと大阪名物のお好み焼き屋に来た苺子さん(右)。苺子さんは中1の春、東京から大阪にひとりでやってきた



 昔、富田靖子が主演した『アイコ十六歳』という映画があった。
 こちらのマイコはまだ12歳だ。

 飯泉苺子。
 イチゴをマイと読ませる女子中学生は、東京から大阪に下ってきた。
 愛する父と暮らすため。
 いつも「パパ」ではなく、「おとうさん」と呼ぶ景弘は、近鉄ライナーズのゼネラルマネジャー。現場の最高責任者でもある。

 おかっぱの黒い髪、白い歯。表現は「かわいらしい」。その瞳は好奇心で輝く。
「関西で生活できるのは、今しかない、と思って来ました」
 静岡生まれ東京育ち。自宅は品川区。最寄り駅は東急・西小山。5分で目黒に出られる。
 今年3月、区内の小山小を卒業。翌月、東大阪市の英田(あかだ)中に入学した。

「こっちの生活は気に入っています。みんなフレンドリー。歩いていても知らないおじさんやおばさんに声をかけてもらえます」
 先日、体育祭があった。所属するバレーボール部の先輩はきさくだった。
「まいこちゃん、がんばってね」
 小学校時代、記憶にない経験だった。

 東大阪の旧国名は河内。あなた=ワレ(最近はあまり聞かれないが…)を使う威勢のよい地域である。
「自分でよく考えて決めなさい、と言ってくれたのは2人だけでした。父と母です」
 ライナーズOBのメールが残る。
<東京人のうちの嫁が仰天していた>
 周囲は止めた。
 
「関西って、俺にとっては外国なんだよな」
 大学や社会人で優勝を経験している東京の紳士が言った。ラグビー界でも関西人、なかんずく大阪人は異彩を放つ。
「ラグビーはうまいけど、…」
 …の後には色々な言葉が入る。

 太閤秀吉が天下を取り、大阪が首府になったのは1500年後半。徳川家康に事業は引き継がれ、江戸(東京)が日本の中心になった。
 ただ、権威は移っても市場は残る。経済基盤のコメをはじめ全国の物産は大阪に回送され、値段が決まり、再送された。「天下の台所」として、人の営みを支える自負が生まれる。

 大阪商人は武士を表面上は奉(たてまつ)るが、感覚は横並び。よく言えば気やすさ、悪く言えば行儀が悪い。そろばん勘定が先に立つ。利益を堅守するアクの強さもある。
 ミクロでは、お好み焼き屋がシャッターを開けても、平気で自転車を停めるおばはんやおっさんもいる。もちろん客ではない。
 独特の文化がある。




 そんな街に娘はひとりでやって来た。

 父は昨年4月、ゼネラルマネジャーになった。立て直し役に抜擢される。チームはトップリーグで最下位16位となり、トップチャレンジに自動降格した。それまでは、東日本の大学生のリクルートをしていた。

 1年目は単身赴任で終える。2年目はまな娘が同居してくれた。
「一人で暮らしていると話ができないことのつらさを感じます。練習がオフの時は一日誰とも話さない日もあります。でも、この子がいてくれると、そういうことはない。毎日、何かしらの会話はあります」
 うるさいぐらいコミュニケーションはとれる。孤独感はない。その幸せを感じている。

 入学のため、住民票を移す時、窓口の市職員とのやり取りに時間がかかった。
「おくさんと下の娘さんは東京に残って、上の娘さんと2人で本当に暮らすんですか」
 ある種の偽装を疑われたが、母・奈美江、2つ下の妹・凛子を含め家族仲は良好だ。

 娘は塾に通う月、木以外はごはんを作る。
「最初はメインと小鉢で3品を作ってくれていましたが、2品でいいよ、と言いました」
 父は負担を減らさせる。炒め物が中心になる料理は自分なりにネットなどで勉強した。
「調味料の分量が決められているのが苦手で」
 娘は豪快ながら、味つけはうまい。

 二重生活のため、家計は窮屈(きゅうくつ)だ。おかずは2日で1000円。河内花園のスーパーでは主婦と同様、特売品に足が向く。
「チョコミントのアイスクリームが大好きなのですが、それをかごに入れてしまうとほかのものが買えなくなります」
 好物を横目にしながら、やり繰りを考える。翌日、学校に持っていくお弁当は、前夜の残りものが主になる。

 結婚前、客室乗務員をしていた母はしっかりした子育てをした。
 学校で使う上履きは洗い方を教えた上で、本人たちにやらせた。小さくとも自分でできることは自分でやる。人には頼らない。その教育は今、大阪で生きている。

 ライナーズは昨季、トップチャレンジで3位と低迷した。入れ替え戦は日野に11−21で敗れ、再昇格はならなかった。
 46歳の父にとって、今年は勝負の年だ。
「結果を残して、帰ってきてほしいです」
 娘はきっぱり言った。

 吉村太一は43歳。飯泉を補佐するチームディレクターは31歳下から学ぶ。
「行動を起こす時、最初はなんでも反対されるんですよね。ただ、それを乗り越えていく強さがあるかどうかなんですね」
 大阪行きに対する反対は、チームに置き換えれば試合相手である。苺子は500キロという物理的な距離以上のものを超えてきた。
 創部90周年を誇るライナーズにとって、戦うためのお手本は、ごくごく身近に存在していることになる。