ラグビーリパブリック

インゴールで何を話すか。

2019.05.24
2018年度・花園での静岡聖光学院。短いプレーの合間に情報共有をしている(撮影:牛島寿人)

2018年度・花園での静岡聖光学院。短いプレーの合間に情報共有をしている(撮影:牛島寿人)

 試合で実力を発揮するのは難しい。

身につけたスキルが機能しない、予想とは違う展開になってしまう…

 そんな時、「自分たちのラグビー」に立ち戻るために必要なのが、試合中の修正力だ

 基礎となるのは、チームメートとのコミュニケーション。試合後にビデオを見ながら反省するよりも、試合中に修正をして勝利をつかみ取ろう。静岡聖光学院が採り入れている「TALK&FIX」(トーク&フィックス)の手法は、早くも同校から他競技強豪チームに伝わり始めている。同校リーダーシップコーチに、その採り入れ方をきいた
*本記事はラグビーマガジン7月号(5月25日発売)を一部再編集したものです

協力◎静岡聖光学院ラグビー部

講師◎小寺良二[アクティブラーニングトレーナー/静岡聖光学院リーダーシップコーチ]
こでら・りょうじ/アクティブラーニングトレーナー●1982年9月28日生まれ、36歳。羽幌高−米国・レイクランド大−(株)リクルートを経て独立。高校時はラグビー部所属(FB、SO。北海道国体選抜)。大学ラグビー推薦入学などの進路は選ばず、米国の大学へ。リクルートを経て起業。高校、大学へのアクティブラーニングプログラムの導入、教員向けファシリテーター育成、アスリートへの主体性開発支援(JOC、静岡聖光学院)などの活動にあたる。

◼️「話した」だけでは、
修正にならない。

リーダーシップコーチを依頼いただくにあたって、先生からのオーダーは「試合中のコミュニケーションを強くしたい」というものでした。

これはラグビーの重要な競技特徴とつながっています。

ラグビーでは、指導者はいったん試合が始まると選手に指示ができませんよね。試合中に自分たち、相手の状況を見極めて、 意志決定して、チーム内で共有して次のプレーに向かう。

https://rugby-rp.com/wp-content/uploads/2019/05/shizu480-1.mov
*静岡聖光学院の練習中のトークはこんな感じ(音声をオンにするとトークが聞こえます)。

 教育分野においては「プロジェクト・ベースド・ラーニング(Project based learning)」と呼ばれる学習形式。ある目的に向かって自分たちで意思決定をしながら、物事を進めていく学習形式を、グラウンドでやっている状態です。

 例えば、トライを取られた後に、「次のキックオフは、全力で飛び出していこう」と自分たちで決めたとします。この場合、同じ内容を監督に指示された場合と比べて、どちらが決めたことを遂行するでしょうか。行動心理学的には、自分で決めた子達の方が高い確率でミッションを実行します。

 それがうまくいった場合の喜びや意欲も、両者では大きく変わってきます。選手自身が「自分で決める」ことは、スポーツ全般ではもちろん、ラグビーにおいては特に重要な教育的要素なのです。

 一般的には「指示待ち」の子が増え続ける中で、この競技の体験を持つ人たちは、「自分の頭で考え、自分たちで決めて行動すること」に対して積極的になるでしょう。

 自ら取り組む体験を通して、何かを獲得していくことは、大学受験改革で新たに採用され重視される、アクティブラーニングそのものです。

 そして、自分で考え、決めることは、試合に勝つ上でも、とても重要な要素に違いありません。

 ラグビーではプレーや戦略、戦術においてよく「修正する」という言葉が使われますね。

 試合中のコミュニケーションは、何のためにするのか。目的として、この修正の占める割合は大きい。できていることを                            共有し、リマインドをかける(確認して強化する)だけではなく、うまくいっていないことを修正して、勝つために話す。
では、どんな話をすればいいのか。私は「TALK&FIX」(トーク&フィックス)という手法を紹介しています。

◼️多くの情報を集め、
「次、どうするか」決める

 チームで修正をするときには、当然、メンバーで話をします。チーム全体で話すこともあるでしょうし、NO8、SHとSOで話すこともあるでしょう。

 この話合いを、より効率よく進めるための方法がTALK&FIX(トーク&フィックス)です。

 意外に多いのが、話すには話したけれど、話し合いの前後で状況やプレーが何も変わっていないというケース。そうならないためのポイント、今回の最も大きな特徴がFIXというプロセスです。

 FIXは、まとめる、決める、固めるといった意味。ここでは、それまで話し合った内容から、話し合いの結論を出す作業です。

 この過程を持つことで、「話しっぱなし」(で何も変わらない)は無くなります。

 試合中のコミュニケーションは、ほんの数秒のものから、ハーフタイムの10分間のものまで時間的に幅がありますが、トレーニングにおいて採り入れているのは、得失点後の円陣の場面を想定した、60秒から90秒の話し合いです。

 静岡聖光学院では、話し合いの最後にFIXの合図として、リーダーの「Ready!」の掛け声の後に「Set!」と全員で言い、パンと手を叩きます。

 手を叩くまでの90秒までの間に、次のプレーから全員で意識するべきことが、共有できていなければならない。より状況に合った効果的なポイントを抽出するため、一番最初に行うのは、それぞれが気がついたことや状況を幅広く、たくさん挙げること。TALKのはじめは皆が次々とポイントを出し合って、「場」に並べていきます。もしかしたら、あなたしか気がついていないことがあるかもしれない。自分が「これは」と思うことは、どんどん場に出してください。

 この情報共有の時間がプロセスの半分。次にFIXに向かって結論をまとめていきます。

 よくある「いまいち」な話し合いは、全体の発言が少ない場合。話し慣れたリーダーが辛うじて場をつなぐくらいで、周りの子は黙ってはじめは、なかなか声が出ないかもしれませんが、当たり前のことでも、まずは声に出してみましょう。まずは、発言をすることが大事。

 もう一つの「いまいち」は、ポイントがとっ散らかったまま、FIXを強引にしてしまうタイプ。TALKを仕切るリーダーは持ち時間を意識して。

◼️コツは、前半で「集める」、
後半で「まとめる」。

修正のためのよいTALKのコツは、前半で情報を集め、後半でまとめること。そのために、話し合いで心がけることを3つの要素「I−P−A」に分けて考えてみます(「I−P−A」の中身は本誌・図5を参照)。

 前半部分で重要なのは「I」

 それぞれの立場やポジションによって、気がつくポイントは違うはず。そして、「だから、もっとこうしたらいいのでは」「あの大会でやったWタックルを思い出そう」といったアイデア(発想)も、なるべく集めておきたい。

 後半部分で意識したいのは「P」と「A」。

 自分たちのやりたいこと、発揮したい強みなど、修正やプレーそのものの目的に沿ったポイントを心がけると、チームに一貫性が生まれます。
そして、抽出されたポイントが、チームの具体的な行動につながるものであるかをチェックしてFIXを。

 例えば、失点後のインゴールで。

 その時のデイフェンスが課題なら「もっとプレッシャーかけていこう」では曖昧すぎる。

 リーダーは「自陣ゴール前は、必ずWタックルで」といったように、皆がプレーの中で意識しやすいポイントを出せるようにしたいし、メンバーも、そのような言葉に着地できるように、サポートします。

 最後には、いろんな情報を出してくれたみんなが「よし! きっとこれでうまくいく」と思えるような言葉が選べたら最高。

 さあ、FIXがかかったら、全員でそれをやり切るだけです。

Ready?


*本記事はラグビーマガジン7月号(5月25日発売)を一部再編集したものです