愛おしいタックルというものがある。
早大の7番、FL幸重天のタックルがそれだ。
5月19日の関東大学春季大会Aグループ、流経大戦。大味な試合だった。トライを奪い合い、51-24の勝利。タックルはどこか姿勢が高く、甘かった。
幸重のタックルは異彩を放っていた。
低い。自分より大きな相手の、主に右足を両腕で捕まえ、頭と肩をこすりつけるように締めつけ、両足をかいてかいて倒す。流経大側のゴール裏から眺める光景を映画のスクリーンに例えるなら、幸重のタックルだけが3D仕様で画面から浮き出て、こちらに迫って来るようだった。
現代ラグビーにおいて、タックルは低ければいいというわけではない。体格とパワーに自信があれば、上半身から覆いかぶさって相手のオフロードパスを封じるのが常道だろう。ボールを絡み取れれば、そもそも相手を倒さなくたっていい。
低く、にこだわるのはなぜですか? 率直に問いかけると、ちょっと苦笑しながら幸重は答えた。
「もし、僕が大きければ、上からタックルに入ってもいいのかもしれない。でも、僕の体でそんなことをしても、明治や帝京の選手には勝てませんから」
175センチ。身長だけならそこかしこにいるごく普通の大学生だ。ごく普通の大学生は、ごく普通の大学生だからこそ、生き延びる道を模索して低いタックルにたどり着いた。
九州の雄・大分舞鶴高時代。ボールを持って突破してなんぼ、のNO8だった。ある程度の自信を携えて早大の門をたたいた。ところが1年生の頃は箸にも棒にもかからなかった。同期のSH齋藤直人、SO岸岡智樹、同じFW第3列の柴田徹らは次々と1本目デビューを果たしていた。
「大学のレベルについていけなかった。正直、きついなと」
考えに考えた。先達の映像を見返した。「ワセダのFLは、やっぱりタックルなんだなって。ディフェンス、あまり好きじゃなかったんですけどね」。コーチに諭されたわけではない。自ら、その結論に至った。
最高で4本目、Dチームに終わった1年目を終え、激しい低空タックル、それを支えられるフィジカル強化に狙いを絞った。食べに食べ、鍛えに鍛えた。入学時に77キロだった体重はいま、94キロに。2年生の春、アカクロに袖を通した。
誰に教えられたわけでもない、幸重流タックルの極意はこうだ。
「相手の足首、腰より下に入って動きを止める」。足は遅いと自覚する。「50メートル、7秒くらい」。だからこそ、当たる瞬間に心を砕く。「ヒットスピードだけは速く。待っちゃうと負けるんで。最初の一歩、バーンと前に出ようと」。足をかきにかいて前進できるのは、相手と体が触れる瞬間に意識を研ぎ澄ませているからこそ。
右肩で入るのが得意形。だから、右耳は見事なギョウザ耳だ。左耳は普通の耳。得意形を重ねに重ねた末のアンバランスがまた、武骨なタックラーらしい。
最終学年の今季、主将の齋藤たっての希望で副将を任された。理由は「下のチームにいる選手の気持ちを理解できるから」。
体重77キロだった時代を、幸重は忘れない。託された責務はわかっている。
「僕が活躍すれば、いま、下のチームにいるメンバーに好影響を与えられる。彼らの思いを背負う意味でも、僕がやらなきゃ、と思っています」
大きな相手の太い足にしがみつき、しがみついたら離さないタックル。
いかにもオールドファッションだ。
でも、そこは小よく大を制す。決まれば必ず、チームは勢いづく。
幸重の愛おしいタックル。日本ラグビーが誇るべき世界遺産でもある。