ラグビーリパブリック

【コラム】 ラグビーは東大の役に立つ

2019.05.10

早大にトライを量産された東大フィフティーン(撮影:中川文如)

 136-7。トライ数にして20本と1本。
 スクール☆ウォーズの一幕ではない。日本代表がワールドカップでオールブラックスに喫した黒歴史の回顧でもない。
 令和最初のこどもの日、早大と東大の定期戦のスコアだ。
「これ、ワースト記録かもしれません」。悔しさを押し殺し、東大の青山和浩監督は淡々と切り出した。昨年は90-10。レギュラー格に挑んだ1年前の80点差は、レギュラー格ではなかった相手に129点差まで広げられた。もちろん、と言っては失礼だが、敗れた方がスイカジャージーの東大。

 けが人続出。主将のFW野村湧を含めて4年生は一人も出られなかった。大学入学を機にラグビーを始めてわずか1年間の選手が3人もアカクロと相まみえたのは、東大らしいエピソード。自身も東大ラグビー部OBである青山監督の口調にはしかし、そこはかとなく温かい期待が込められてもいた。「ここから、どう修正できるか、ですね」
 誤解を恐れずに言えば。
「そもそも、東大生は挫折を知らない。だから挫折の乗り越え方も知らないし、挫折とは何なのかもわからない。この挫折を、どう克服していけるか」
 奥深き人生を送りたければ、挫折は欠かせない。つまり、その挫折を味わう場として、ラグビーはかけがえのないものなのだと。

 運動会のかけっこでも順位づけをためらってしまうご時世だ。楕円球を通じて初めて苦難に直面するのは東大生だけではない。青山監督の言う「東大生」、「いまどきの子ども」と置き換えても、そう違和感を覚えないのではないかと思う。中学生と小学生の子を持つ私の率直な実感でもある。
「世間のイメージ通り、東大生は頭でっかち。いろいろと考え、何事も納得してからでなければ取り組まない」
 でも、ラグビーを通じてなら、こんな瞬間が訪れることもある。
「頭でっかちな学生たちが、腹を据えてシンプルに行動してみる。一つの何かをやりきろうとする」
 例えるなら、いわゆる根性練習みたいな無理難題にも、四の五の言わず向き合ってみようと割りきる。そういうことだ。ラグビーをうまくなりたい、ラグビーで勝ちたいと心が動かされた時、そんな瞬間は必ず訪れる。
「将来、この学生たちの何人かが組織のトップに立つかもしれない。組織を束ねる者が挫折を経験してきたか、否か。経験しているに越したことはない」
 つまり、隅っこに追いやられた者の境遇を身に染みて理解できるリーダーが育まれる。それがラグビーなのだと。

 トライを奪われた後のインゴール。相手がボールを芝に立てて追加の2点を狙うまでのいとまは、チームを立て直すための貴重な時間だ。東大が136点を失った80分間、インゴール近くからスイカジャージーの会話に耳を傾けていた。
 低く速く飛び出す防御が生命線。立ち上がりの10分間、東大は早大を慌てさせた。「相手、テンパってるよ」。威勢はいい。
 徐々に体力が絡め取られていく。「いまの、もうちょっと速く詰められない?」「敵陣でむやみに前に出て、すれ違いざまに抜かれている。横の連係を意識しないと」。指摘は理路整然としている。わかっちゃいるけど、身体の反応は鈍っていく。
 残り20分を切る。早大の1次攻撃で長駆、後退を強いられる場面が続く。
 互いに投げかける言葉の質が、どこか変わった。
「どこで勝負するの? ファイアでしょ!」。ファイアとは低く速い防御、このチームのこだわりを指し示す。「気持ちとファイア!」「できることだけ、しっかりやろう!」
 そして東大唯一のトライは、残り時間わずか、0-136の状況から生まれた。自陣から強引な仕掛け。連続攻撃で相手防御を右に寄せ、一気に左へと人数をかけて奪い取った。焼け石に水だったかもしれない。ただ、理詰めでいて、理詰めだけでは片づけられない思いきりが、そこにはあった。

 大敗後。いまどきの選手たちは気持ちの切り替えが早い。学生スタッフも交えて談笑する光景を、青山監督が遠めに見やる。
「仮に挫折を乗り越えられなかったとしましょう。それもまた、尊い経験になるんですけどね」
 でも、翌日、クラブの公式サイト。136点への猛烈な悔恨が、選手たちによってつづられていた。
 ラグビーは東大の役に立っている。
 ラグビーは世のためになる。

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