ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】「本当にいい男」(上) 藤田雄一郎/東福岡高校監督

2019.03.27

3月29日から開幕する第20回選抜大会で史上最多の6回目優勝を狙う東福岡・藤田雄一郎監督



 直江光信からショートメールが来る。
「藤田雄一郎、本当にいい男です」
 東福岡のOB監督を絶賛する。

 高校ラグビーの取材が長いスポーツライターはその傑出さを認める。

 46歳が率いるモスグリーンは3月29日から始まる選抜大会に出場する。
 選考基準となる2月の九州大会では圧巻の優勝を遂げた。4試合で平均得点は99、同失点はわずか0.75。敵はいなかった。

 選抜の目標を口にした。
「優勝しかありません。2年間、トップに立てていません。負けグセをつけてほしくありませんから」

 冬の全国大会(花園)優勝回数6は、天理と並び歴代4位。「ヒガシ」は、それでもここ2年、東海大大阪仰星、大阪桐蔭に後れをとった。まずは春の選抜で頂点に立ち、冬につなげたい。

 雪辱を期する1年は2人主将制で臨む。
 センターの廣瀬雄也とフランカーの永嶋仁。これは2010年以来9年ぶり。当時は布巻峻介(現パナソニック)と水上彰太だった。
 この年は花園連覇を果たしている。

 今年はそこに4人のリーダーを加えた。
 プロップの小西優治はフォワード、ウイングの高本とむはバックス、プロップの川崎太雅とフルバックの行徳冠生はチームを担当する。新3年生ばかり6人だ。

 保健・体育教員でもある藤田は説明する。
「みんなでチームを作っていこう、ということですね。部室の掃除なんかはチームリーダーが判断していきます」
 責任を分担することによって、帰属意識や勝負へのこだわりを強める。

 責任感もにじむ。
「関門海峡を越えてまで来てくれる子供たちの覚悟に応えんといけません」
 高本は大阪・箕面、行徳は兵庫・高砂のラグビースクール出身。本州から九州に渡った。
 今年の新入生は関西の強豪スクールや大学付属中からもやってくる。



 監督としてこの4月から8年目に入る。その間、花園を2回制した。
 それまで14年間、前任監督の谷崎重幸の下でコーチをつとめる。花園3連覇を受け、2012年4月にバトンを受けた。

 藤田がラグビーを始めたのはこの高校入学後。それまで続けていた野球よりも、試合中の監督の指示が少なく、自由に映った。

 楕円球の手ほどきをしてくれた谷崎への尊敬は今も変わらない。
「先生は常に生徒のことを考えておられました。選手ファースト。自分もそうなりたい」

 高3時の70回全国大会(1990年度)ではナンバーエイトとして花園の芝を踏む。2回戦で島本(大阪)に9-10で惜敗した。
 同期には後年、日本代表に呼ばれるスクラムハーフの鬼束竜太(現サニックスアシスタントコーチ)がいた。

 卒業後は地元の福岡大に進学し、1年からフランカーでレギュラーをつかむ。
 2学年下の檜室秀幸は藤田との最初の会話をよく覚えている。ラグビー継続を迷い、秋に入部したため、冬のテスト期間中もウエイトをしていた時だった。

「おまえ、なによ?」
 1年生の檜室です。遅れを取り戻すため自主練習をしています。
「おお、そうか。じゃあ一緒にやろう」
 上下関係や入部時期のこだわりは一切なく、仲間として共に体を鍛える。
「先輩としても、指導者としても、尊敬する存在です」
 檜室は今、宮崎の高鍋の監督だ。就任してから5年の間、花園出場を一度も途切れさせていない。

 高鍋も東福岡とともに選抜に出場する。
 九州大会の5位決定戦で大分東明を49-14で下した。
「藤田さんは勝った時に、『よかった。お祝いしよ』と飲みに連れて行ってくれました」
 東福岡は準決勝で高鍋に96-0と圧勝していた。それでも、少しも見下すことなく、後輩を大切にする。

 藤田は大学4年時には主将になるも、九州代表の春合宿で左足首を複雑骨折する。
 就職はJR九州を選んだ。3年間のサラリーマン生活の後、母校に呼び戻された。

Exit mobile version