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【コラム】ワンバウンドのパス

2019.03.04
現地ではオージー・ルールズ。楕円球を地面につく(撮影:Getty Images)

オーストラリアン・フットボール、現地ではオージー・ルールズ。楕円球を地面につく(撮影:Getty Images)

■「わざとワンバウンドでほれ。その方が抜けるんや」
 
 ある大学ラグビー部のOBが集まる酒席だった。耳新しい話を聞いた。「うちは戦後すぐの頃、パスをわざとワンバウンドで投げる練習をしていたらしい」。普通は味方が捕りやすい位置にボールを届ける。あえて地面に落とすトレーニングとなれば、かなり珍しい。

 もっとも、「ボールが地面に落ちた時がチャンス」は一つの定説になっている。コーチングのノウハウを伝えるイングランドのウェブマガジン「Rugby Coach Weekly」は、ワンバウンドのパスの利点を2つ挙げる。
 
 ①守備側の選手の動きが止まり、警戒心が瞬間的に緩む。
 ②守備側の選手の視線が下に向き、守備の連係が乱れる
 
 実際、このプレーから多くのトライが生まれている。新しいところでは、2月9日のシックスネーションズ、スコットランド対アイルランド戦。後半14分、地面に落ちたパスをアイルランドのSOジョーイ・カーベリーが拾う。足が止まったタックラー2人の間を割って突破。トライにつなげた。
 
 やや古いものだと、国内にも有名なシーンがある。1991年の全国社会人大会決勝、神戸製鋼対三洋電機戦。終了間際、4点を追う神戸のSO藪木宏之が飛ばしパス。地面で跳ねたところをCTB平尾誠二が捕球して前進。WTBイアン・ウィリアムスにつなぎ、語り継がれる逆転劇が生まれた。

 藪木さんによると、平尾さんは常々、こう諭していたという。「パスはタイミングや。スペースがあったらワンバウンドでもいいからほれ」。この精神を具現化するため、神戸製鋼は2年前にタッチフットのルールを変えていた。ノーバウンドのパスしか許されなかったのを、ワンバウンドでもプレー続行する形に変更。落ちたボールへの反応は、チームとして磨いていたものだった。
 
 その神戸製鋼も故意にパスを地面に落とすことまではしていなかったという。
 
 冒頭の「戦後すぐに練習していた」という逸話は、京都大学ラグビー部のもの。関西Aリーグで優勝争いをしていた1950年前後のことだろう。自由な発想を重んじる部風だけにありそうな話だが、他のOBに聞いても詳細を突き止めることはできなかった。神話の類いだったのだろうか…。
 
 別のチームの似た話を教えてくれたのは、元日本代表主将の廣瀬俊朗さんだった。大阪府立北野高校ラグビー部でSOに入って練習をしていた時。年配のOBから声が掛かった。

「わざとワンバウンドでほれ。その方が抜けるんや」。
 
 1990年代末のエピソードだから、発言の主はやはり1950年頃、名門校の現役部員だった方だろうか。2つの証言からすると、約70年前の関西には、あえてワンバウンドで投げるという発想が存在していた可能性がある。
 
現在、「ワンバウンドのパス」の練習は世界でも滅多にないようだ。イングランドとフランスでプレー経験があり、世界に知己を持つ岩渕健輔・7人制男女日本代表総監督も「そういうチームは聞いたことがない」と話す。
 
 ただ、岩渕さんは個人としてその有用性に着目していた。「私はSHに『わざとワンバウンドで投げろ』と言っていました」。守備ラインに歪みを生みたい時に、この指示を出していたそう。天才肌のSOとして鳴らした岩渕さんならではのプレーだろう。
 
 自身の経験から、ワンバウンドのパスは投げ手よりも受け手の技量が問われると語る。「まずは転がったボールを確実に拾う、キャッチングの能力が必要。また、(守備側だけでなく)自分自身もほぼ止まった状態になっているので、瞬間的にスピードを上げる力も求められる」。
 
 今の日本代表ならWTB福岡堅樹のような選手だろうか。トップレベルの選手でなくても、該当する高校生・大学生は1度、このパスを要求してみると面白いかもしれない。
 
 当今のトップレベルでは偶発的な存在であるワンバウンドのパスを、もっと意図的に使う方法はないのか。そのヒントの1つを他競技に見つけた。
 
 楕円球を地面に弾ませる、キャッチするの技術がルール化されている競技が、オーストラリアンフットボール。ボールを15メートル以上持って走る場合には、地面に1度着けなくてはならない。
 
 楕円球の弾み方に関する研究も盛んだ。2006年、オーストラリアの研究者、ロッド・クロス氏が条件を様々に変え、ボールが地面にバウンドする際の動きを計測。結果、3つの傾向を挙げている。
 
①無回転のボールが前方に飛んだ時:
接地の瞬間、ボールが前に傾いていれば前方に跳ねる。後ろにある程度の角度で傾いていれば後方に跳ねる。

②トップスピンの掛かったボールが前方に飛んだ時:
接地の瞬間にボールが後ろに傾いている時の方が、接地の瞬間に前に傾いている時よりも高く跳ね上がる。

③バックスピンの掛かったボールが前方に飛んだ時:
前方に跳ねる確率と、後方に跳ねる確率はほぼ同じ。どちらに跳ねる時もボールの高さはほぼ同じ。

 オーストラリアンフットボールとラグビーの楕円球の形状はやや異なるが、全体的な傾向は同じだろう。②③はキックボールの処理の手助けになりそうだし、①はワンバウンドのパスの参考にできる——。
 
 そんなことを考えながら、昨年6月のオーストラリア—アイルランドのテストマッチ第2戦を改めて見ていた。こんなシーンが目に留まった。
 
 終了間際、ワラビーズがゴール前へ。ラック。ボールがこぼれ出る。拾い上げたSHニック・フィップスは右を見る。しかし、5メートルほど離れた味方までのパスコースは相手選手の腕で遮られていた。普通に投げればインターセプトされる。
 
 フィップスは野球のような右腕のオーバースローを選択。しかも、守備側の目前の地面に向けて投げた。跳ねたボールはその奥の味方へ。2フェーズ後、ワラビーズのトライが生まれた。
 
 まるでバスケットボールのバウンドパス。接地の瞬間を良く見れば、ボールに横回転こそ掛かっていたが、前述の①の跳ね方だった。指先の繊細な使い方、ボールの傾きにまで気を配ったリリースを見れば、70キャップのベテランの意図通りのパスだったと分かる。

「楕円球のバウンドは不規則」という表現は、厳密には誤りである。バウンドがボールの速度、傾き、入射角、回転、摩擦といった物理法則に支配されている点では、真球と何も変わらない。その性質を熟知し、フィップスのような斬新な発想と技術を持てれば——。今のラグビーにない、新しいパスやプレーを開拓できる余地はまだありそうだ。

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