故障明けの山沢拓也は、早く試合がしたいと腕をぶす。本格的に競技を始めた頃から出場が期待された、ラグビーワールドカップ日本大会を見据える。司令塔のSOとして、チームの要求に応えながらも自身の持ち味も発揮したい。
「久々にラグビーができることを楽しみながらやりたいかな、と思います」
2月4日、東京・町田キヤノンスポーツパーク。日本代表候補に相当するラグビーワールドカップトレーニングスコッド(RWCTS)がキャンプ最初の本格的なトレーニングを始めていた。
山沢は12月中旬から休暇が与えられるRWCTSにこそ含まれなかったものの、ナショナル・デベロップメント・スコッドの一員としてキャンプに参加する。
昨秋に古傷の左ひざを痛めたためグラウンドを離れていたが、今回のフィットネステストでメンバー中トップクラスの数値をたたき出した。某選手いわく「皆、自己ベストよりは記録が落ちていたけど、山沢はそれを更新していた」。怪我のない時は居残り練習を欠かさない努力家は、その態度で意識の高さを示す。
キャンプは週末に休息を入れながら、3月1日まで約4週間、実施される。以後は一部のメンバーがスーパーラグビーに参戦するサンウルブズへ加わったり、残された選手が海外で試合をしたりする。
しばらく実戦から遠ざかっている山沢は、「10月からプレーできていないので、試合で経験値を上げていきたいです。試合でしか学べないこともあると思うので」。試合勘を養うべく、ゲームのある時期までにはコンディションを整えたいという。オフがあれば出身の筑波大近くの接骨院へ出向き、「いままでの怪我によって生じた身体の歪みを調整」している。
「いまはまだコンタクト(ぶつかり合い)はしていないですけど、ある程度は(プレーが)できる状態です。次に怪我をしたら意味がないので、焦り過ぎず、うまくやっていきたいです」
コンディショニングと同時に意識するのが、技術の研鑽だ。堀川隆延コーチのもとで捕球とパスを練習する。2人の会話のなかで引き合いに出されたのはダン・カーター。ニュージーランド代表として、112キャップを獲得した名SOだ。
「ダン・カーター(のパス)がなぜ精度が高いのかを聞きました」と山沢。相手防御にまっすぐ身体を向けて、捕って、投げるという基本を再確認したようだ。詳細を「(改めてカーターの)動画を見ないとわからないですけど」としつつ、堀川コーチから聞いた話を「(カーターは)キャッチしてからパスするまでのスピードが速く、前を向きながらボールをもらい、パスができている」とまとめる。大切なことはシンプルなのだと気付いた。
「わかっていたことなんですけど、自分は試合中にプレッシャーを受けると(投げる方向に)流れながらボールをもらう部分もあった。(カーターは)プレッシャーがあるなかでも基本ができているからすごいんだな、と知れました」
身長176センチ、体重81キロの24歳。熊谷東中ラグビー部時代は校外のクマガヤSCでサッカーに熱中も、深谷高で楕円球界に浸かるや「2019年の代表司令塔候補」と騒がれる。山沢を勧誘した横田典之前監督(現 熊谷高監督)には「(トライラインまで)走り切れるSOはそういない」と才能を褒められたのに加え、ストイックな気質も評価された。
今季の国内トップリーグでは、加入3季目のパナソニックで活躍も秋の代表ツアーメンバーからは漏れた。落選したのとほぼ同時期に戦線離脱を余儀なくされたが、「それがいまの現状かなと思って」。淡々と身体を動かしてきた。
日本代表として2017年以降3キャップを獲得も、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコー体制下で厳しい定位置争いを強いられている。1番手候補はワールドカップ経験者の田村優で、2番手に遇されるのは山沢と同学年の松田力也。山沢と松田はパナソニックのチームメイトで、所属先ではそれぞれSO、インサイドCTBに入っている。
田村、松田が入る現代表のSOの位置では、何が求められるのだろうか。山沢は「戦術の理解」と分析する。
「『この時、チームはこういうプレーをする』ということをまず自分がわかっておかないと、チーム全体にも(すべきプレーについて)伝えられない」
スペースにハイテンポでパスやキックを配すチームにあって、まずは出された指示を全うしたい。ただ一方で、こうも話す。
「与えられたことを(全う)するなかでも、自分の色を出せたらなと」
ワールドカップ本番。背番号10をつけた山沢が目の前にスペースを見つければ、恩師の語る通り「走り抜ける」シーンを作るかもしれない。控えめで謙虚な才能は、静かにその一瞬へ賭ける。