ラグビーリパブリック

復活の物語。

2019.01.25

 ツヤのある黒革と、側面にあしらわれたカーブを描く2本線。オールドファンにはおなじみの伝説のスパイクが、ピッチに帰ってきた。

 日本初のフットボールスパイクメーカーとして1932年に創業したYASUDA(当時は安田靴店)は、上質なカンガルー革を使った丈夫でしなやかな作りと、国内企業ならではの日本人の足にフィットする履き心地で、ジュニア層からトップ選手に至るまで絶大な人気を誇った。1936年のベルリン五輪では、サッカー日本代表の8割以上の選手がYASUDAのスパイクを着用。ラグビーでも、スパイクはもちろんジャージー、短パンなどのウェアやボールまで、YASUDAのギアは多くの愛好家に親しまれた。

 しかし海外企業の相次ぐ参入で業績が低迷し、2002年に倒産。シンボルの2本のライン(エクセルライン)は、フットボールの現場から姿を消してしまう。

 なんとかもう一度、YASUDAのスパイクを復活させたい。そんな思いから立ち上がったのが、自身もサッカー経験者でYASUDAのスパイクを愛用していた佐藤和博氏だった。広告やWEBコンサルティング等の事業を展開する佐藤氏は、2017年にスポーツと健康に特化したクラウドファンディングを扱う会社「ROUTEF(ルートエフ)」を設立。その第1号案件として、YASUDAの復刻プロジェクトを掲げたのだ。

復刻へ向けつながった 様々な運と縁

 もっとも、復活までの歩みは困難の連続だった。佐藤氏にはスパイクどころか物作りの経験すらなく、すべてが手探りの状態。YASUDAの元社員で商標を守り続けていた齋藤圭太氏に手紙を出して熱意を伝え、想いを共有するところまでは進んだものの、そこで「ラストと呼ばれる木型と金型がなければ靴は作れない」という壁に直面した。

 一からラストと金型を作れば、膨大な費用がかかる。当時YASUDAとつき合いのあった工場に残っていないか連絡をとったが、4社のうち3つは、すでに会社自体がなくなっていた。最後の望みを託し、残る一社に電話。返ってきた答えは、「保管してあります」だった。

 ただし、製造側にすれば、千足単位の注文でなければ採算が合わない。現場は難色を示した。知人を介し、役員へのプレゼンの機会をなんとか取り付けてもらうと、佐藤氏はある秘策を携えてその場に臨んだ。

「2日前に家を掃除していたら、たまたま僕が最後に買った20年以上前のYASUDAのスパイクが出てきたんです。それを持ってプレゼンに行ったら、役員の方が資料をほぼ見ずに『協力しましょう』と言ってくださって。その後の事業を一緒にやっていくお約束もいただきました」

 銀行からの融資などではなくクラウドファンディングを選んだのは、「応援してくれるファンの支援によってプロジェクトが成り立つ」というその特徴が、惜しまれつつなくなったYASUDAにぴったりだと感じたからだ。実はここでも、思いがけないドラマがあった。 「今年3月に募集を開始したのですが、目標額の750万円を達成したのが、2002年にYASUDAが倒産した日と同じ4月30日だったんです。齋藤さんからも『すごく意味のある日なんだよ』と言われて…。本当にYASUDAは、運と縁のあるブランドだと感じています」

この履きやすさを ラグビーでもふたたび

 その後、5月23日に「株式会社YASUDA」を設立。3か月後の8月に復刻版スパイクが完成し、10月末には支援者の手元にも届けられた。それからの周囲の反応は、想像をはるかに上回るほどだという。

「日本人特有の幅広甲高の足の形に合ったスパイクという昔の印象が、今も根強く残っていることを感じています。『YASUDAが倒産してから自分に合うスパイクがなかった』という声を数多く聞きましたし、実際自分で使ってもすごく履きやすい。サッカー選手や海外の方からも、ぜひ購入したいというご連絡をたくさんいただいています」

 12月9日に行われた記者会見では、新製品やリオ五輪でサッカー日本代表の監督を務めた手倉森誠氏のアンバサダー就任とともに、第98回全国高校ラグビー大会に協賛することも発表された。そこにも、YASUDAの思いが込められている。

「プロジェクトの発足以降、『ラグビーのYASUDAはどうした』というご意見をたくさんいただきました。我々としてもフットボール用品メーカーとしてラグビーグッズを手がけていくつもりですし、その糸口として、ラグビーにおけるYASUDAはプラクティスギアのイメージが強いという声が多かったことから、復活を幅広く知ってもらうには高校ラグビーがぴったりだろうということになりました」

 新しくブランドを立ち上げようとすればとてもかなわなかったことが、この1年で次々に実現した。佐藤氏も「あらためてYASUDAというブランドの持つ力を感じています」と語る。今後はスパイク以外のシューズやアパレルなど、幅広い商品を展開していくことも予定している。  ファンの力で、16年ぶりによみがえったYASUDA。多くのフットボーラーから今なお愛される老舗の「再動」に注目だ。

今回の全国高校大会では、花園ラグビー場で撮影され、
人気アーティストのスキマスイッチが楽曲を提供したオリジナルCMも放映された。
写真は大会時に設置されたYASUDAのブースで撮影されたもの。
スキマスイッチの大橋卓弥さん(左)、常田真太郎さん(右)と佐藤氏(中央)。
CMは下記HPでも見ることができる
https://yasudafootball.com/rugby/