三重県は関西協会に属する。
鈴鹿市にあるHondaはラグビー界では上方のすみ分けになる。
尾又寛汰はその黒にアクセントの赤が入ったジャージーを選んだ。
「声をかけてもらえました」
選手として根を下ろす街としては4つ目。西の方角は初めてだ。
「苦じゃありません。人と関わるのが好きなので、すぐにみんなと仲良くなれます」
愛称「カンタ」は目をさらに細める。
Hondaの2年目ユーティリティー。
172センチ、84キロとそう大きくはない体は、器用さで満ちる。SOやCTBを経て、社会人ではWTBに挑戦する。
「すべて自分のラグビーに生きてきます」
ポジションへのこだわりはない。
チームは今季からトップリーグを戦う。
尾又はリーグ戦では6節のコカ・コーラと7節の東芝に先発する。3と1の計4トライを挙げ、連勝に貢献した。
若手を積極起用する流れのカップ戦では、5試合中、初戦のサントリーを除き、4連続で先発出場を果たす。
NTTコミュニケーションズでは2、サニックスは3の計5トライをマークした。
1月19日、シーズン最終となるコカ・コーラ戦ではノートライに終わる。
「トライがすべてではありませんが、ターゲットのひとつです。悔しいです」
24-40と黒星をつけられたコカ・コーラ戦では非凡な才能を垣間見せた。
後半4分、外側でボールをもらい、横流れから一気に立て直す。ディフェンダーの間に飛び込んだ。
スタンドのファンからは「ギュィーン」と速さの掛け声が飛ぶ。前にひと伸びして、ゲインラインを突破した。
50メートルは6秒1。
「短い距離はタイム以上に自信があります」
入社以来、瞬発力アップに心を砕いた。バーベルのバーのみを背負ってのジャンプなどを続け、その効果を実感する。
前GMで今季からトップリーグの担当部長として出向している伊藤英章は評する。
「スピード、ステップともによく、Hondaのモータースポーツを連想させてくれます」
尾又は5歳から茨城県の日立ラグビースクールで競技を始めた。帝京大のSOだった父・寛人の影響がある。
高校は隣県の國學院栃木に決めた。
体験参加した練習の雰囲気がよかった。
監督の吉岡肇は、尾又のSOとしてのプレーよりも、7人でスタートした寮生活の方をよく覚えている。
「ちょうどアパートから寮に変えた時だったのね。いうなれば先駆者。あいつと井出三四郎が寮長として頑張ってくれたのよ」
中央大から栗田工業に進む同期のCTBとともにその運営に腐心する。
「短大の寮を借り受けた形だったから、最初はきれいじゃないとか、ごはんができあいだったとか色々あったのよ」
吉岡はその苦労を口にするが、尾又は一笑に付する。
「僕たちが基準でしたから」
7人から始まった寮は今、野球やサッカーなど他クラブを含め106人が暮らすようになった。ラグビー部は58人を数える。
吉岡肇には教え子に感謝が残る。
「よく切り盛りしてくれた。あいつと井出がいなけりゃここまでの発展はないよね」
そして、明治大に進む。
「僕の一族に3人、明治のラグビー部だった人がいました。それに、ひとつ上の塚原さんと田村さんが行ったこともありました」
敬慕するPR塚原巧巳(神戸製鋼)やFB田村煕(サントリー)のあとを追う。
大学では自身の希望でCTBに移った。
「丹羽さんがやらせてくれました」
前監督の丹羽政彦に謝意がある。
22大会ぶり13回目の大学選手権優勝は、尾又にもよろこびと励みをもたらした。
「感動もしたし、僕も頑張らないといけない、という気にさせてもらえました」
トップリーグ自己最多タイの3トライを記録したサニックス戦は決勝戦の翌日、1月13日にあった。
Hondaではレメキ ロマノ ラヴァを兄とも師とも慕う。日本代表キャップ8を持つチームの顔だ。
「寮の部屋にいるよりも、レメキさんの家にいる時間の方が長いです」
6歳上の同じWTBからは技術的なことはもちろん、ラグビーへの向き合い方を学ぶ。
「土曜の夜から日曜いっぱいがオフの場合、レメキさんは、夜は飲んだり食べたりするけれど、朝は早く起きてトレーニングに向かいます。オンとオフがはっきりしています」
プロ選手のレメキにとって、尾又は若手、社員選手とはいえ、ライバルに育つ可能性がある。抜かれれば、死活問題になる。
それをわかった上で、トンガに祖を持つ30歳は尾又を可愛がる。先輩の器の大きさ、後輩の人間性のよさが示される。
Hondaはトップリーグ再昇格1年目で16チーム中9位と健闘した。
尾又は来季の個人的な抱負を口にする。
「コンスタントにゲームに出られるようになって、チームの勝利に貢献したいです」
リーグ戦、それに続く順位決定戦を合わせた10試合中、出場は2試合のみ。その数を積み増していきたい。
尾又は茨城、栃木、東京を経由して、三重にやってきた。親元を離れた暮らしの連続は、覚悟を磨く。その精神的な強さを下地に、ラグビー選手としてプレーを確立させたい。それは、Hondaのさらなる躍進にじかに結びついてくる。
(文:鎮 勝也)