ラグビーリパブリック

名物ブログの管理人は大体大HC。同大戦に見る「駆け引き」のおもしろさ。

2018.11.22

11月18日の同志社大戦で24−31と競った大阪体育大(撮影:江見洋子)

 インターネット上で支持されるラグビーの戦術家が、古豪のスタイルを現代的にしつつある。
 大体大ラグビー部でヘッドコーチを務める井上正幸は、2013年7月よりラグビー関連のブログを運営。プロフィール欄には「豪州コーチング資格、レベル2保持者」と記し、世界で共有される戦術の意図や用語の定義などを解説する。テストマッチから全国高校ラグビー大会まで、各種ゲームの分析もおこなっている。
 例えば最近では、キックでの陣地の取り合いに関して複数のケーススタディをアップ。グラウンドの中央に接点を作る意図、端から端までパスを振ってから球を蹴る事例などを図解付きで説明する。
 後方でキックに備える相手バックスリーの動きを把握したり、自軍の展開に対して相手の守備陣形がどう動くのかを見定めたりすることで、最終的にキックを蹴るべき場所を正しく決められるとした。
<どのチャンネルを攻撃することで誰をブレイクダウンに巻き込めば、次にどこにスペースができるか予測することができる>
 大量の投稿は指導者や選手の思考を整理しそうで、Twitterなどで使用される「オルソ」「オルソ井上」というアカウント名はファンからも注目される。ちなみにこの「オルソ」の由来は、井上の勤務先で医療系製品を扱う「オルソテック株式会社」にちなんだものだ。
「いままでの成功体験、自分の好きなプレーについて、本当はもっとうまく取り除いてあげないといけないのですが、そこは僕の力量不足です。こういう試合をしていただいた同大さんには感謝しかありません」
 井上本人がこう語ったのは11月18日、兵庫・神戸ユニバー記念競技場でのことだ。関西大学Aリーグ第6戦目で、同大に24−31で惜敗。好機におけるプレー選択の誤りや接点での反則がスコアに影響したとして、悔しさをにじませていた。
「同大さんは個々の能力が高い。うちはプレー選択においてもハンドリングの部分においても、ミスができない。ミスが命取りになるんです。(失点は)相手に崩されたというより、規律の部分(が原因)。前節から課題にしていたのですが…。次はもっといい試合をして勝ちたい」
 確かな手応えも、感じていた。そもそも同大は全国優勝4回という関西の雄だ。昨季は大学選手権出場を逃しているが、強豪高校出身者を集め一昨季全国4強と実績を残している。かたや3度の全国4強入りを誇る大体大は、昨季まで下部の関西大学Bリーグに在籍。実績や経験値で相手に下回っていたかもしれなかった。それでも挑戦者は、時間帯によっては試合を支配できた。
 立ち上がりから接点周辺で、鋭い出足の防御を繰り出す。井上いわく「同大さんは強い外側のBKを活かすため、内側のFWが前に出る。それを押し返したら次のディフェンスが楽になる。(一方で)内から外に追いかけるような形になっては間に合わない」。攻めては時間帯によってラインの深さを変えながら、意図的に防御を切り崩してトライを奪っている。
 まず興味深かったのが、一時12−5と勝ち越しに成功した前半25分の一本。左右にボールを揺さぶるなかでできた接点周辺の穴を、SHの赤堀風雅が仕掛けとパスで攻略。LOの山本剣士がフィニッシュを決めたこの場面を、赤堀は「同大のディフェンスが外側にいる。外側でゲインを切ったら、SHからの速い球出しでゲインを切ることを意識した」と振り返った。
 12−17とリードされていた後半は、「近、深のラインが作れた」と赤堀。SHの後方に立つFWのユニットをやや深めに設定。勢いのある突進により、ボールを保持する。7分、ハーフ線付近左で相手キックを捕球すると、右方向への折り返しから山本が敵陣22メートル線手前中央まで進む。次は前がかりになった相手防御の裏に、ゴールラインとほぼ平行なパスを次々と通す。最後は左タッチライン際のWTB、田中晴哉がインゴールを割った(17−17)。
「前まではチームのシステムはなかったけど、去年からそのあたりを固めてゲームがうまいこと運べるようになった。そこに楽しさがあり、今年はそのクオリティを求めるようにしています」
 赤堀がこう話すかたわら、井上は「選手たちが一戦一戦、自覚を持って課題を解決してくれている」と話す。
 序盤戦に組まれた上位校との対戦では大量失点に泣いてきたが、11日には大阪・鶴見緑地球技場での関西大戦を17−14で制した。試合中に攻め方を変えた同大戦も、「選手たち同士で手ごたえをつかみながら、どういうアタックをしようかと話をしていた」。指導者が理論を落とし込んだのではなく、指導者の持つ理論を選手が自分のものにして現場で実践している。そこに妙味がありそうだ。
「開幕した頃のタイダイといまのタイダイ。全然、違うチームになっていると思うんです。前半は大差の試合が続いて逃げたくなるところもあったと思うのですが、そこで真摯に向き合って取り組んでいけた。きょうは極端に言えば、僕が話をすることがなかった。練習でも、僕は練習の環境こそ提示しますが、あとは『こうしよう、ああしよう』と選手が話し合う」
 年間強化計画は「春は基本スキル、夏以降から戦術的練習」ではなく、「終始、基本スキルと戦術的練習を同時並行で」とする。常に基本をおろそかにしないまま、段階的に戦術理解を深めるためだ。受験勉強で言えば、単語や文法の基礎演習と過去問題への挑戦を均等におこなってゆくイメージか。
 もともと大体大は、強力なFWを前面に押し出す「ヘラクレス集団」として知られる。井上も対外的にはFW重視の方針を打ち出す。もっともいまのチームが本当に目指しているのは、すべてのプレーをバランスよくおこなえるマルチタスク型の集団だ。
 結局、リーグ戦5敗目を喫し、善戦に満足しない選手は悔し涙にくれる。その様子にも心の変化が見られたと、井上は語った。
「うちはモールが武器だけど、それでトライを取れなかったときにお手上げになるのは未成です。どこかを尖がらせると他で大きく崩されるので。いろんな所を同時に鍛えようとするとどうしても仕上がりは遅くなりますが、その方が選手も楽しいはずなので。いまは戦術を理解しながらやっているのが大きい。『こういうアタックも』という選手の提案にこちらが驚かされることもある。いま、どんな試合でも選手がおもしろいと言ってくれます」
 大体大卒業後、サラリーマンとクラブプレーヤーを務めながら兵庫医科大のラグビー部でコーチ業を始めた。
 2014年からは京都成章高のスポットコーチを務め、2015、16は関西トップウェスト加盟のリコージャパンでも指導に携わった。昨季から当時下部にいた母校のヘッドコーチとなり、中谷誠監督らとチームを強化する。
 ニュージーランド帰りの知人に学んだり、世界中の試合を見続けたりし、現代ラグビーを語るのに欠かせない戦術理論を学習。複層的攻撃陣形のシェイプ、選手が左右まんべんなく散るポッドなどについても、過去のブログ記事でまとめている。
 現在、ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ率いる日本代表などあちこちのチームがポッドを採用する。一般論として、一定の戦術が流行れば戦術の採用自体が目的化してしまうケースが増えがちだ。もっとも、戦術はあくまで勝利のための方法論である。井上はこうも言う。
「もう、ポッドをやること自体は専売特許ではなくなった。ポッドを使ってどうディフェンスを崩すか。ポッドを使って相手の弱いところを突く(ことを意識する)」
 25日、鶴見緑地で近大との最終節に挑む。勝てば下部との入替戦の回避に大きく近づけそうで、「このリーグにずっといて、どんどん歴史を積み上げていきたい。次の試合でぜひとも残留を決めたい」。ちなみに同大戦を3日後に控えた11月15日、ブログにこう記している。
<ラグビーは「ゲーム」であり「駆け引き」が存在する。駆け引きしていく面白さをコーチは奪ってはならず、選手が自分達で駆け引きできるように導いていかなければならない。そのためには、ラグビーというゲームのプレイの基準を伝え、適切な方法でトレーニングしていく必要がある>
(文:向 風見也)
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