NZ戦前。リーチ主将を先頭に。右端が流(撮影:松本かおり)
■「リーチさんの方がためこんでしまうんじゃないですか。気にしすぎるくらい、他人のことを思う人なので」
キャプテンは孤独である。そう再認識させられたのは、10月の日本代表の合宿中。太陽の笑みがトレードマークの、姫野和樹の言葉を聞いた時だった。
昨年、ルーキーながらもトヨタ自動車の船頭役に抜擢されたことを振り返り、語った。「チームを良くするために何もできていなくて、これでいいのかと悩んで。入社1年目で、誰に頼っていいかも分からなかった」。人知れぬ苦悩の連続だったと明かし、さらに続けた。「色々なことがたまって部屋で泣いたりしていた。人生で一番ネガティブな時期だったかもしれない」
ラグビーのキャプテンはグラウンドの外でも仕事が山積する。まずは集団の方向を1つにまとめる。チームの目標や大義は何か、どうやってそこに到達するのか。出番に恵まれぬ仲間への目配りや、コーチ陣と選手とのつなぎ役も求められる。チームが勝てないと、困難はさらに増す。
その荷の重さは、背負った人にしか分からない。筆者が以前所属していたチームに、背中でも言葉でも語ることのできるキャプテンがいた。ただ、練習の強度や緊張感をもう一段、高めようとした時、集団は一枚岩になれなかった。部員間の温度差、周囲のサポート…。理由は様々にあっただろう。勝てそうな試合をいくつか落としたこともあり、少しの隙間風が残ったまま、冬が終わった。
約10年後、そのキャプテンと酒席をともにした。「俺はもう、人をまとめる立場には立ちたくない。それほどあの1年は重かった」。思わぬ告白に、当時気付けなかった悩みの深さを知り、十分なサポートができなかった我が身を恥じた。
だからだろう。姫野の告白のすぐ後に聞いた別の選手の言葉に、何かまぶしいような感覚を覚えた。
練習中、ひときわ大きな声を響かせていた流大にその理由を尋ねた時。「声の質だと思います」と照れた後で、話してくれた。
1つはジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が科す厳しい練習の中でもチームを盛り上げるため。そして、別の思いもあるという。
「キャプテンは思っている以上にストレスがたまる。そういうストレスをリーチさんにできるだけ掛けたくない。リーチさんがいちいち言わなくていいようにしたい」。リーチ・マイケル主将の重圧を軽くしたいという、気遣いだった。
中学以来、所属チームの全てで主将を務めてきた流はその難しさを良く知る。「キャプテンは選手のことも一番考えるし、グラウンド外でもミーティングのことや、スタッフとのコミュニケーションをやる必要がある。僕らがそういうことをやれば、リーチさんが自分のプレーに集中できる。リーダーはみんなで協力しないといけない」。
流が言う「協力」の最高の見本が、ワールドカップ(W杯)を2連覇したニュージーランド(NZ)代表オールブラックスだろう。当時の主将であり、ラグビー史に残るリーダー、リッチー・マコウ氏が昨年の来日時に語っていた。
「正直に言うと、オールブラックスのキャプテンは簡単だった」。ラグビー王国で「首相より有名」と言われる立場が簡単なはずはない。2007年W杯で準々決勝敗退を喫した後は、厳しい批判にさらされた。
なぜ「簡単」なのか。「リーダーシップのある周囲の人間と役割を共有することで、キャプテン1人に重荷が偏らないようにすることができる。自分の周りには、ダン・カーターやコンラッド・スミスのようにリーダーシップのある人間がいた」。複数の選手による共同でのリーダーシップや自主性は、連覇の原動力だった。
日本のジョセフHCも今、リーダーグループの構築に腐心している。現在は流、姫野ら8人がリーダーを務めるが、顔ぶれは時折入れ替える。個々の適性を見極め、重圧が真に高まるW杯時の組閣を考えているのだろう。
そして、キャプテンやリーダーを任されることは、飛躍的に成長できる機会でもある。姫野は苦しかった昨季、毎日ノートをつけていたという。「ラグビーのことや自分の思い、どうしたらいいのかとかをメチャクチャ考えて書いていた」
その中で答えが見えてきた。「僕への信頼がない中で、ああしようこうしようといってもみんなの心に響かない。まずはチームの中で誰よりも体を張って、信頼を得ることが大切。毎日ハードワークして、誰よりも努力することにした。失敗してもいいからチャレンジし続けたことが、成長につながった」
10年前の記憶に苦悩していた我がチームのキャプテンも、その後にトラウマを乗り越え、組織を率いる立場を自らの意思で選んだ。日本が来年のW杯で目指す8強に進むには、こうした内面の成長が多ければ多いほどいい。
先に記した、リーチ主将に対する流の発言には、さらに続きがある。自らを切り替えの早い性格と分析したうえで、こう言った。「リーチさんの方が(悩みなどを)ためこんでしまうんじゃないですか。気にしすぎるくらい、他人のことを思う人なので」。思いやりの深さゆえに、主将の重責が過剰に重くならないかという心配だった。
この話を聞いたのと同じ日、リーチが活字メディアの共同取材を受けることになっていた。人気者の主将は、練習後もCMの撮影などが立て続けに入る。息つく間もなく、記者が待つ席にやってきた。
喉が渇いたとスタッフにペットボトルの水をもらったのに、机の上に置いたまま。ようやく手を伸ばしたのは約10分後。質問が一段落した時だった。「すいません。ちょっと水を飲みます」。律義に断ってから、ほとんど一気に飲み干した。
自らの欲求を満たすために質疑を中断するのは失礼。そんな気配りにも見えた。もともとファンやメディアに極めて丁寧に接するリーチだが、最近、その度合いが増しているような。「リーチは報道陣にどう接して何を伝えるべきか、細かく考える人間」とチーム関係者は話す。
ジョセフHCはこの秋からNZの形式をまね、選手への取材機会を大きく制限している。特に、メディア対応が苦手と判断した選手は、カメラや記者の前に極力立たせない。そのHC自身も多くを語ることは好まない。チームが外にメッセージを発信する場は減っている。
ファンにより応援してもらえるチームになるため、主将がメッセンジャーの役目を今まで以上に買って出ているのでは。そんな気がしていたところだから、流らのサポート、主将の重荷を減らそうという心遣いを、なおさら心強く感じた。
肝心の本人はどう感じているのか。若いリーダー陣の行動について、リーチに尋ねた。「(心遣いを)感じます。かなり負担が軽くなっている。今までと全く違う」
気配りの人の言葉である。仲間への感謝を強調するため、あえて大仰に言ったのでは。余計な深読みをしそうになったが、その口ぶりには実感が籠もっていて、聞く者をほっとさせる響きがあった。
NZ戦試合後、会見でのリーチの表情(撮影:松本かおり)
【筆者プロフィール】
谷口 誠(たにぐち・まこと)
日本経済新聞編集局運動部記者。1978年(昭和53年)生まれ。滋賀県出身。膳所高→京大。大学卒業後、日本経済新聞社へ。東京都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーワールドカップは2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビー以外に野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。高校、大学でラグビーに打ち込む。ポジションはFL。