試合中はとにかく動き回る。信頼のバックロー
きついときにも誠実な言葉が自然に出る情熱の男
人前に立つのが得意でないことは自分でも分かっている。そんな大学4年生が、ラグビー人生で初めてゲームキャプテンに指名されたのは、今年の夏合宿も終盤にさしかかった頃だった。
日大のFL須藤拓真(すとう・たくま)。群馬の強豪・明和県央高出身。172センチ、95キロ。昨季からFWの中心選手ではあるが、役職は特になし。
この夏、主将や副将らリーダー達がケガなどで相次いで試合に出られない緊急事態となり急きょ、その大役が回ってきた。首脳陣が冗談半分で「選手会長」と呼び始め、今ではその肩書きが定着している。
目立つプレーをしなくても絶大な信頼を得ている。走行距離やタックル数などの個人スタッツを分析すれば、常にFWトップの数値。
「ゲインしたり抜けたりするわけでもないけど、運動量を上げて、セービングとか、泥臭くやっていくことだけは心がけています」
とつとつと紡ぐ言葉にプライドがのぞく。試合後は必ず体のどこかを痛めているが意に介さない。
FWを鍛える川邊コーチも「最短距離で真っ直ぐボールに飛び込んでいく」と感心する。ノーサイドの笛まで姿勢低くイーブンボールに執着し続ける存在。玄人好みのプレーヤーだ。
集団を率いるような経験はこれまで皆無に等しかった。3人兄弟の真ん中。生来自己主張をしてきたタイプでもない。
「試合までの間に声を掛けてベストな雰囲気に持っていくのが大変。言葉がなかなか出てこなくて…」
柄にもなく「リーダーとは」とネット検索してしまったこともあるという。
スタッフが明かしたのは、飲み会での「泣き上戸」という一面。人知れず重圧を感じているのではと心配にもなるが、だいたい覚えていないそうだ。
「嫌だとまでは思っていません。向いていないかもしれないけど、自分も成長していかないといけないんで」
照れくさそうに言った。
今月20日、埼玉・セナリオハウスフィールド三郷での法大戦。須藤選手会長は公式戦では初めて、試合開始からキャプテンとして臨んだ。
開幕から流経大、東海大、大東大と対戦して3連敗で迎えた一戦。昨季の3強撃破という目標は果たせず、そこから切り替える意味でも重要な試合だった。
しかし、キックオフ後にいきなり連続失点。一時は持ち直して逆転したが、結局は後半の勝負どころでも連続トライを許して31−41で敗れた。
ここまで4試合ともFWを中心によく前に出て、スクラムもモールも押した。例年よりしっかりと戦えている手応えはありながら、結果だけ出ないことがもどかしい。
レギュラーの大半が2年生以下。エンジンのかかりの遅さ、沈みがちな被トライ後の気持ちの立て直しの難しさなどもあって、ゲームキャプテンの負担は大きい。
その本人は「チームが勝てるように、最低限、ある実力を引き出せるように自分にまとめる力がないと」と自らを責めた。
4連敗となった翌週の初めての全体練習。
つい嫌な顔をしがちな走り込みの前の円陣で、選手会長は仲間に語り掛けた。
「ハードなメニューだけど…、全部自分達のためにやっているから。週末の試合を想定して、試合に出るやつも出ないやつも、皆で雰囲気をつくって頑張ろう」
特別気の利いた言葉ではなかったかもしれない。それでも、誰もが引き締まった表情になった。よく声を出しながら走って盛り上がった。コーチ陣も驚くほど、これまでの敗戦直後と比べても良いムードで練習を終えた。
中野監督は言う。
「須藤が誰よりもひたむきに頑張っているのは皆が分かっているから」
自分では向いていないと感じたこともある役割。だけど今、チームはまったくそう思っていない。献身性で勝ち取ってきた信頼という大きなアドバンテージが、新しいリーダーの存在を日に日に大きくする。
気を落とさずに残り3試合での全勝を期す日大。その中心に、口下手でも声と体を張り続ける選手会長がいる。
ひとつになって戦えない理由はどこにもない。