ラグビーリパブリック

ジャパン合宿を誘致。瀧本拓哉さんの「上富田を知って欲しい」の思い。

2018.10.01

和歌山県西牟婁郡上富田町に日本代表候補合宿を誘致した瀧本拓哉さん(撮影:向 風見也)

 元東芝ラグビー部副将でいまは和歌山の那賀高校で教鞭をとる吉田大樹さんが、「和歌山、いらっしゃいますか? でしたら取材して欲しい男がいまして。熱い男です。功労者なんです」と猛プッシュをかける。
 東芝時代は「趣味だ」と言って毎朝クラブハウスのトイレを磨いていたこの人をして、「功労者」と言わしめる。手にした名刺に「上富田町教育委員会 生涯学習課」と記す瀧本拓哉さんは、今年9月、和歌山・上富田町に初めて日本代表の候補合宿を誘致。不思議な成り行きで訪れた町で、楕円球の文化を根付かせようとしている。
 奈良県出身。地元の御所中に入った頃は地元のシニアリーグチームで野球をしていたが、2年時に学内でできたラグビー部に誘われると運命が変わった。活動参加を決めたところで、当時の中谷圭監督に主将を任されたのだ。
 御所工業高校出身で後に同校コーチにもなる中谷監督の決断によって、責任感とラグビーへの興味が芽生えたのだろう。3年時には楕円球一筋となった瀧本さんは、地元の強豪校の御所工(御所実業)に進む。龍谷大学(短大入りし2年間在籍)、三菱自動車京都でも競技を続けた。
 社会人ラグビーは腰のけがによりいったん3年でピリオドを打つも、2011年、御所実の竹田寛行監督の誘いで後輩たちのコーチを務める。さらに翌年、やはり竹田監督からの助言によりいまいる場所へ渡った。
 
 折しも和歌山県は、2015年の「紀の国わかやま国体」に向け各競技の県代表を強化できる公務員を募っていた。現役復帰への思いが強かった瀧本さんは、いまの職場に就きながら国体青年の部に出場する和歌山県代表チームに入った。プレーは現在も続けていて、吉田さんとはそこで知り合った。
 もともと選手として請われてきたが、教育委員会でも成果を残したい。そう心に秘める瀧本さんが注力するのはふたつ。ひとつはさまざまな競技、年代のスポーツ合宿の誘致。もうひとつは県内のラグビー人口増加への取り組みだ。幸運にも上富田町には、広大なスポーツセンターがある。複数面のグラウンド、雨天時も使える屋内練習場があるのがよかった。
「(上富田は)冬は温暖で、夏は暑いですがどちらかと言えばからっとしているので過ごしやすい。また、いい意味で自然が多いので集中できる。奈良からここへ初めて来た時、こんなにいい施設(スポーツセンター)があるなんて知らなかったんですよ。僕が入ったからには何かをせなあかん、ラグビーを使って何かをするのが自分の使命だと思って」
 瀧本さんは役場において、来訪者増加によって生まれる経済効果を具体的にアピール。かねてから行政が町の経済に危機感を抱いていたため、提案はスムーズに受け入れてもらえた。もともと総合型スポーツクラブとして活動していた「くちくまのクラブ」にラグビーアカデミーを作ったのは2013年4月。毎週金曜夜に上富田スポーツセンターでおこなわれる活動には、未就学児から中学3年までの男女が集まる。
 その延長でなされたのが、各カテゴリーの代表チームのキャンプ実施。今度の男子15人制日本代表の前には、男女のセブンズ代表なども訪れていた。
 そして最も大規模なものが、ワールドカップ公認キャンプ地への立候補だろう。2019年の日本大会へ関わるべく、もともとあったトレーニングジムに世界基準の器具を導入。県と共同で、ナミビア代表の受け入れを勝ち取った。
「やると決まったことすら知らない住民の方もいるので、僕らももっと啓発していかないといけない」
 ナショナルチームや一大イベントにも携わるようになった瀧本さんだが、当の本人はカテゴリーの大小にとらわれていない。思い入れのある仕事について聞かれれば、「紀州口熊野かみとんだラグビーフェスタ」を紹介する。
「紀州口熊野かみとんだラグビーフェスタ」は、毎年3月に各地の高校生チームが集う交流大会だ。瀧本さんは初回から「15チームくらい」の参加をかなえ、今年おこなわれた第5回には1週目の第1部、4週目の第2部をあわせ、なんと50チームを集めた。関西や中部の学校を中心にしてきたが、今年は流経大柏高校や石見智翠館高校といった関東や中国地区の強豪校、さらには鹿児島県の奄美大島にある大島高校も受け入れた。
 3面あるグラウンドをフル活用し、予め参加校から聞いた希望試合数をかなえられるようスケジューリング。一般的な交流会を超えたイベントにできるよう、景品付きのじゃんけん大会などを企画している。ここで見られる口コミ効果には、ワールドカップ業務に負けないやりがいを感じられると瀧本さんは言う。
「参加者が年々増えてきて、達成感もあります。僕らも新しいチームにお声掛けをしてきますが、それよりも『来てよかった』と言ってくれたチームが『次はあのチームも…』と連れてきてくれた。最初からいたチームが残って、新しいチームが加わって、少しずつ参加者が増えてきました。これだけのチームに何日間も泊まってもらうと仕事として認めてもらいやすいですし、いろいろな指導者の方と知り合えるのも嬉しい。代表クラスだからどう、というのではなく、いろんなスポーツで上富田に来てもらって、上富田を知ってもらえたらと思います」
 それにしても、なぜ仕事といえど縁もゆかりもない土地にここまで尽力できるのか。そう尋ねられた瀧本さんは「なにか、思い入れが湧きましたよね。御所と似てるんですよ、雰囲気的に」と即答する。ラグビーを始めた頃と同じように、緑の濃い土地で全力を尽くす。
(文:向 風見也)
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