空気を変えた。
9月15日、東京・秩父宮ラグビー場。国内最高峰トップリーグの第3節に挑んだパナソニックの山沢拓也は、前半34分、スポーツ漫画のクライマックスシーンに出そうな動きを披露する。
ちなみに本人の振り返りは、この調子だ。
「…疲れました」
この時は自陣ゴール前で、対する東芝が好機を迎えていた。ところが左端の肉弾戦で、味方FWがターンオーバー。すると司令塔のSOに入った山沢は、SHの内田啓介ゲーム主将からゴールエリア中央でパスをもらう。大きく球を蹴り出すのが定石とされるなか、一気にランを仕掛けた。
「ぎりぎりまで攻められている中でターンオーバー。外からは『ボールを回そう』という声がかかっていたので攻めようという意識でボールをもらって、で、前を見た時に少しスペースがあったので」
東芝防御網のわずかな切れ目を大きく裂いて、追いかけてくるタックラーも走路やペースを変えながら振り切る。歓声を浴びる。
一気に敵陣中盤まで駆け上がれば、最後に迫ってきた相手FBのコンラッド・バンワイクを背中でひきつける。左足の内側でボールを転がし、日本代表WTBの山田章仁のフィニッシュをアシストした。
直後のコンバージョンも自ら決め、スコアを14−14とする。
「章さんが(近くで走って)いるのがわかってたので。自分は…疲れちゃって捕まったので、『任せた!』って感じで。それがうまくいったのでよかったです。自分がタックルされたのも最後のディフェンダーだった。あとは章さんに賭けて」
青の背番号10は、前半終了間際の勝ち越し点にも関わる。自陣22メートル線付近右のスクラムから攻める際、普段から攻撃を構築する「アタックグループ」として話し合うFBの森谷圭介と打ち合わせ。球を預かると、グラウンドの左端へ柔らかい放物線を蹴り上げる。
森谷いわく、「リスクはあるけど、行こうか」と決めたこのサインプレーには、もう片側の日本代表WTB、福岡堅樹が反応。蹴られた球をジャンプ一番で確保し、快足を飛ばす。
パナソニックは一気に敵陣深くまで進み、東芝の反則を誘って山沢自らがペナルティゴールを成功させる。17−14。
山沢は後半に入っても、防御の裏に蹴ったキックを再獲得してのトライ、自らのキックミスから招いたピンチを防ぐビッグタックルなど勝負に直結するプレーを重ねる。昨季は元オーストラリア代表のベリック・バーンズが主戦級となっていたが、今季はそのバーンズの故障に伴い3戦連続で出場中。22日のヤマハ戦(秩父宮)での活躍が期待される24歳は、タレント集団の歯車としての司令塔役を楽しむ。
「自分に対していろんな人がいろいろと言ってくれて、そのおかげでプレーにも幅が出てくる。すごく、楽しくなっています。いろんないい選手から、その人たち目線の考えを聞ける。自分の考えだけじゃなく、いろんな人の考えを含めて、そのなかで一番いい選択肢を選べるように、日々、失敗を重ねながらやっています」
ランもパスもキックも得意な元サッカー少年として台頭した深谷高時代から、ただただ謙虚に反省点を述べるアスリートだった。もっともいまでは、そのつつましさにある種の明るさを付け加えているような。楽観と悲観のカクテル。本人が、いまの心境を明かす。
「あまり緊張しすぎないようにしようと考えています。何もしない方がいい。何かをするから、緊張する」
期待されるのは、2017年秋以来の日本代表復帰だ。ワールドカップ日本大会は1年後に控えるなか、若きコンダクターへの待望論は尽きない。
ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチは、以前から戦術理解度やマッチングの面で山沢にやや辛口。「メディアの皆さんが山沢に期待しているのはわかりますが」と前置きし、山沢が鋭いランの後に落球した場面を指摘したこともある。東芝戦の直後に発表された候補メンバーにも、その名は加わらなかった。
渦中の人は、東芝戦直後の時点で「自分のやれることはアピールしていきたいです」と語るのみだ。
「現時点でスコッドにも入っていない。自分のやれることはトップリーグでしっかりアピールしていくことです」
入部3年目のクラブでベストパフォーマンスを更新し続け、結果的にジャパンに戻れたらいい。
(文:向 風見也)