インドネシアから帰国した9月3日、金メダルを手ににっこり。(撮影/松本かおり)
9月6日には、田中良・杉並区長(平野の左)を表敬訪問。写真左端は
杉並少年ラグビースクールの宮島郁夫校長。平野の右は井出隆安教育長。
右端は日体大ラグビー部・米地徹部長。
杉並区役所のエントランスには、ワールドカップ開幕までの日数を知らせるこんなものも。
見慣れた場所に、自分のために多くの人たちが集まる光景は不思議な感覚だった。
そして、嬉しかった。
インドネシアで開かれていたアジア競技大会で金メダルを獲得した女子セブンズ日本代表の平野優芽が、9月6日、杉並区役所を訪れ、田中良区長を表敬訪問。エントランスでは職員や区民に拍手で迎えられて笑顔になった。
場所を区長室応接室に移しての時間には田中区長らとラグビーのことだけでなく、原点である杉並少年ラグビースクール時代のこと、将来のことなど、話題は多岐に渡った。
小学1年生のときに杉並少年ラグビースクールで楕円球を追い始め、杉並区立松ノ木小、松ノ木中に学んだ。そんなメイド・イン・杉並のアスリートを田中区長は「区の宝。誇らしく思います」と言った。
同席したラグビースクールの宮島郁夫校長が、平野の幼い頃の想い出を話した。
「かわいい子で、本当にラグビーが好きでした。すばしっこくて、子どもの頃から空いているスペースを見つけて走っていました。負けても、強い相手とやれるとニコニコしていた。今回のアジア大会の中国戦(決勝)も接戦だったので、『楽しかった?』と聞くと、『ハイ』と答えました」
校長先生は、教え子の凱旋が本当に嬉しそうだった。
帰国したときには、「まだ(金メダル獲得の)実感がわかない」と言っていた平野自身も、たくさんの笑顔を見て、成しとげたことの大きさをあらためて感じた。
「帰ってきてから家でゴロゴロしていたので、帰国時と変わらない感覚だったのですが、きょう、多くの方々に集まってもらい、喜んでもらえてよかったなぁ、と」
区長に将来は指導者になることを考えているかどうかを問われると、「一生ラグビーに関わっていきたいのですが、いまは東京オリンピックでメダルを獲ることしか考えていません」と答えた。
7-5とクロスゲームだった中国とのファイナル。クロスゲームを制して勝ったことに、「これまで、ああいう展開では勝てなかったので自信になった」と言う。
「ただ、メダルを取るには、まだまだ力が足りないのは分かっています」
まだ大学1年生(日体大)の若さも、「オリンピックは東京が最後になるかもしれない、というぐらいの気持ちでやります」と覚悟を口にした。
決勝戦でのチーム唯一のトライを奪った平野。ターンオーバーから素早く外に展開し、中村知春主将のオフロードパスを受けて奪ったトライを「チームとしてやってきたことを出せたプレー」と振り返る。
ボールを持った後に相手と1対1となった瞬間、とっさに正しい判断をした。外にステップで抜いた。追いすがるディフェンダー。それをハンドオフで地面に転がし、走り切った。
「あのまま走るだけでは追いつかれると思ったので、ハンドオフだ、と」
スイーパーとしての最後尾での守りもよかった。
チーム全体、一人ひとりが前に出てよくタックルしたが、それでも抜けてきた相手を平野が必死に止め続けた。
「自分の前の6人のディフェンスが凄くて、それに勢いをもらった感じでした。絶対に止める。そんな気持ちになりました」
動きも集中力も最後まで切れなかったのは、世界の舞台で戦ってきた成果だ。
「ワールドセブンズシリーズやワールドカップの時の疲労度と比べたら、やはりアジアとの戦いの方が疲れは少ないので」
着実に進歩し続けている。
「この金メダルは一生の記念」と言ったものの、喜ぶのは一瞬にしようと思っている。
9月14日からはアジアセブンズシリーズが始まる。
そこで2位までに入れないと、来春のコアチーム昇格大会への出場権は得られないし、なにより、ゴールは2020年の五輪に設定しているからだ。
「アジアのチーム相手にギリギリでしか勝てない力なら、メダルは遠いと思います。オリンピックまでに(中国などアジア相手には)圧倒的に勝つ力をつけないと」
表敬訪問の途中、花束に続いて区のキャラクターである「なみすけ」グッズが平野に贈られたとき、参加者の誰かが言った。
「オリンピックでメダルを獲ったら、なみすけ(の贈呈)じゃ済まないですね。パレードをしましょう、パレード」
自身のパフォーマンスで、人々を笑顔にさせる。
勝負の世界は困難の連続だけど、トップアスリートはしあわせだ。