ラグビーリパブリック

【向 風見也コラム】菅平「15」の夜

2018.08.16
(写真は2017年の菅平合宿。撮影:上野弘明)
■言葉の表面を撫でて過剰に反応するより、言葉の根っこのエキスを味わうほうが
 日本のラグビーのメッカと呼ばれる、長野県上田市菅平高原でこのコラムを書き始めている。宿の薄型テレビでは1日を締めくくるニュースが流れ、「きょうは平成最後の終戦記念日で」とのアナウンスが聞こえる。
 戦争とスポーツについて述べるような見識のない筆者が紹介したいのは、最近出会った痛快な言葉についての話である。
 この夏、あるトップリーグのクラブに新加入したある有名選手を取材した。その有名選手は、現所属先以外のクラブの一員としてもトップリーグを経験。今回は、現在はかつてのライバルとチームメイトになった格好だ。昨日の敵は今日の友。「それがラグビーです」と当該選手。話を聞けば、元ライバルで現チームメイトのなかには、前所属先の時代に敵としてかなり警戒していた選手も混ざっていたようだ。
 いざその選手と仲間になるや、しびれる言葉でその元ライバルの心を掴んだという。
「俺は昔、お前のことを殺そうと思っていた。だが、いまはお前のことを家族だと思っている」
 本稿読者ならおわかりかと思うが、ラグビーなど格闘技的な要素を持つスポーツの世界では「殺す」「つぶす」は比喩に過ぎない。
 そして当該の選手は、海外の出身者でもあり、「殺そうと思っていた」の対義語に「家族のよう」を掲げて親愛の情を示すのは自然な流れだった。事実、言われた側は心を掴まれ、言った側は身体を張るチームマンとして早速、信頼を集めている様子。言葉の表面を撫でて過剰に反応するより、言葉の根っこのエキスを味わうほうがよいと改めて教えられた。
 一連のアメリカンフットボールの件に話題を転じれば、「問題の本質は、指導者と選手との関係性がパワーハラスメントのみで成り立っていたかもしれぬということ。そんな組織が前年、全国一位に輝いていたなんて」といったところで話は終わりだろう。
 少なくとも、本人やその事案に親しくない第三者が想像できることなどその程度ではないか。指導体制や選手の自主性が高く評価される大学ラグビー界のビッグクラブには、この件に関するコメントをしたくないと表明する集団および指導者も多い。そのうちの1人によれば、「ただでさえ叩かれて弱っている人間(問題になったアメリカンフットボール部の関係者)を後ろから叩き切るようなことはしたくない」とのことだ。
 
 確かにわが身に置き換えたら、失敗と成功を繰り返して懸命に作り上げた育成メソッドを「学生スポーツの価値、再アピール」などという他人の作った枠組みで安っぽく仕立て上げられるのは、あまり、面白くない気がする。
 ここまでひん曲がったようなことを考えているのに、不思議なもので、きょう(日付け変わってきのう)のグラウンドで聞いたとてつもなくポジティブな言葉が脳裏によみがえってきた。
 そのグラウンドでは強い大学同士で練習試合をしていて、筆者はゴールラインの裏側にある坂の上から観戦した。ちょうどその真後ろに、出場チームのコーチが2人、座っていた。そのうちアシスタントコーチ的なポジションの1人が、インカムを使ってグラウンドレベルに立つスタッフに言った。
「××に、『いまのでいいよ』って伝えてやってくれませんか。あ、『いまのでいいよ、って、○○(自身の隣にいる、年長者のコーチ)が言っていたよ』って伝えてください」
 聞けば、視線の先で思い切ったプレーを成功させた選手に自己肯定感を持たせたかったのだという。先述の「お前を殺そうと…」のような鮮烈さこそなくとも、じんわりと聞き手の心に染み入る言い回しではないか。改めて言えば、この「いいよ、って、○○が…」の声は段取りされたインタビューで聞いたのではない。青空コーチャーズボックスというごくごくプライベートな空間のやり取りが、たまたま耳に入ったのだ。
 スポーツの現場を巡っていると、こんな素敵で愉快なやりとりに出会えることがある。
 以上。間もなく朝を迎えるので、仮眠をとるべく画面を閉じることにします。なお現在の菅平での取材成果などは、8月25日発売の『ラグビーマガジン』でお楽しみください。今回、「ある」だの「当該」だのと表現した方の一部が、誰だかわかる、かもしれません。
【筆者プロフィール】
向 風見也(むかい・ふみや)
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。
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