「苦しい場面を耐え切るようになるためには、そういう状況を練習から作ってやらないといけない。でも、できなくても絶対に見捨てない」。高鍋高校・藤本格監督(当時)。2006年度の花園では3回戦へ進み、優勝した東海大仰星に5−65(撮影:佐藤真一)
■それは戦力に恵まれたチームだからできること。そう考える方もおられるかもしれない。ただ――
先のFIFAワールドカップでは、日本代表を率いた西野朗監督の「ポリバレント」という発言が一時話題になった。元々は化学の分野で「多価」を指す言葉で、かの名将、イビチャ・オシムが用いたことからサッカー界で広まったそうだ。ラグビーの世界では、同じような意味で「versatile」という形容詞がよく使われる。いずれも複数のポジションや役割をこなす多才さ、多能を示す表現である。
個人的にこの言葉を目にしてまっさきに思い浮かぶのは、現ニュージーランド代表のベン・スミスだ。WTBからFB、CTBまで、どの番号を背負ってもインターナショナルクラスのパフォーマンスを発揮する。優れた嗅覚と判断力を有するアタッカーにして、堅実なディフェンダーであり、ハイボールキャッチも抜群。もしかしたらスティーブ・ハンセン監督が、今のオールブラックスでもっともケガをしないでほしいと願う選手かもしれない。
チームの状況に応じてひとりで何役もカバーできる貴重な存在でありながら、かつては“便利屋”的な立場に甘んじることも少なくなかったオールラウンダーの価値は、現代ラグビーにおいて年々高まりつつある。前出のハンセン監督は、セレクションポリシーとして「複数ポジションをこなせること」を明確に掲げており、実際に真剣勝負のテストマッチでさまざまなポジションを経験させることも多い。現在のオールブラックスのBKラインを見ると、専門職といえるのはSHのアーロン・スミスくらいで、ボーデン・バレット、ソニー=ビル・ウィリアムズ、ダミアン・マッケンジー、リーコ・イオアネ、ジョーディー・バレット、そしてベン・スミスと、ほとんどが2つ以上のポジションを兼務できる選手だ。今季スーパーラグビーで16トライを挙げたハリケーンズのベン・ラムが今年6月の代表スコッドから漏れたのも、WTB専門の典型的なフィニッシャーであることがひとつの要因だと思う。
ハンセン監督がそれほどまでに「versatility」を重視する理由は、オールブラックスの戦いぶりを見ればよくわかる。SOボーデン・バレットが得意のランを仕掛けて密集に巻き込まれると、FBのマッケンジーやジョーディー・バレットがすかさずファーストレシーバーの位置に入って次の攻撃を淀みなくリードする。フェーズが重なりポジションが入り乱れた状態になっても、誰もがその時々の自分の立ち位置に求められる動きと判断を的確に行えるので、いちいち並び直す手間がいらない。むしろ混乱を逆手にとり、思わぬ場所で思わぬ選手にボールを持たせてチャンスを生み出したりする。
オーストラリア代表の試合でも似たようなアタックを目にすることは多い。ワラターズの同僚でもあるSOバーナード・フォーリーとCTBカートリー・ビール、FBイズラエル・フォラウが、巧みな連携で自在に立ち位置を入れ替え、ミスマッチやマークのズレが起きたところで突破を図るプレーは大きな武器のひとつだ。ラン、パス、キックに加え状況判断も優れる3人が、どこでどのようにボールを受けるか読めないのだから、相手はさぞ守りづらいだろう。
多能プレーヤーの存在はキックシチュエーションにおいても効果的だ。たとえば両WTBのうちどちらか1枚にFBも可の選手を配置すると、キックレシーブからのプレーの選択肢が大幅に増える。蹴り込む側にすれば相手FBが2枚いるようなものだから、より正確なキックコントロールとチェイス陣形の整備が必要になり、簡単にはキックを使えなくなる。
複数ポジションをこなせる選手をスコッドに擁することは、チームの戦い方の幅を広げることに直結する。特に陣形が乱れたアンストラクチャー状況での対応力が勝敗を左右する今日のラグビーにおいて、その違いは大きい。スペースやオーバーラップができたそばからたちまち埋められ、単にボールを動かすだけではなかなか崩れてくれない堅固な組織ディフェンスを攻略する上で、多能なプレーヤーを並べて対応力を高めることは、間違いなく効果的な解決手段になり得る。
それは戦力に恵まれたチームだからできること――。そう考える方もおられるかもしれない。たしかにオールブラックスのような選手層を誇るチームは、オールブラックス以外にない。人材に限りのあるクラブが格上相手に総合力で勝負しようとすればまず負ける。ただ、まんべんなく戦えるようにすることと、多くの選手が同じようにプレーできるようにすることは、似ているようで違う。
かつて宮崎県立高鍋高校を率いて数々の名勝負を花園の歴史に刻んだ藤本格監督は、当時主流となりつつあったディフェンスのローテーション(体重の重いFWが内側に、走力あるBKがアウトサイドに立つよう位置を入れ替わること)を取り入れなかった。
「理論はわかるけど、あの早い展開の中で入れ替われといっても選手は混乱しますよ。だからウチは、PRでも外を止められるよう練習するんです」
小型軽量の選手が多い状況をふまえ、誰がどこに入っても同じように守れることを独自の強みにする。オールブラックスでなくても「versatility」を追い求めるチーム作りが有効であることの証明。ラグビーはやはり奥が深い。
【筆者プロフィール】
直江光信(なおえ・みつのぶ)
スポーツライター。1975年熊本市生まれ。県立熊本高校を経て、早稲田大学商学部卒業。熊本高でラグビーを始め、3年時には花園に出場した。著書に『早稲田ラグビー 進化への闘争』(講談社)。現在、ラグビーマガジンを中心にフリーランスの記者として活動している。