ラグビーリパブリック

【藤島大コラム】反抗をも愛す

2018.05.31
(写真は2017年10月14日・同大vs立命大/撮影:松村真行)
■自分に疑問をぶつけてくる部員は宝石なのだ
 ひとまず言い切ろう。勝負が先である。そうでないと迫力に欠ける。そのうえで思う。大学ラグビー部の指導者はクラブの目標を以下のごとく掲げるべきだ。
「いちばんレギュラーから遠いところにあえでいた部員が、卒業して、社会に出て、ああ、あのクラブにいてよかった、と思えること」
 四半世紀ほど前、早稲田大学ラグビー部に「Jリーガー」という言い回しが流布した。もっぱら自嘲に用いられた。Aから数えて10番目。10軍という意味だ。原則、大半が一般試験で入学、ラグビー人気はまだ高く、くる者拒まず、去る者追わず、が原則だったから、部員数はふくらんだ。ポジションによっては「J」も存在した。
 たとえば、どの大学でも、そんなJリーガーが、やはり、ここでラグビーに浸る学生生活を送ってよかった、と心に刻んで社会へ飛び立つ。そういうチーム、クラブにする。
 日本大学アメリカンフットボール部の不正なタックル指示と実行によって、しだいに明らかとされたのは「大学日本一」と両輪をなすはずの「光は当たらなかったが、このクラブに入ってよかった」と思えるだけの愛情や環境の欠落である。
 学生スポーツの監督、コーチに求められる条件は「自分のクラブの門を叩いた若者への愛情を自然に抱く資質」である。そもそも部員に悪意があるはずもない。それぞれの性格があり生育の過程があり、体格や資質がある。うまい者、うまくない者が混在する。その段階で「あいつはダメ。あいつは好きじゃない」などと感情的になるようならスポーツ指導の道に入ってはいけない。
 勝負に打って出るのだから「よい人間、でも、あまり上手ではない」部員ばかりをレギュラーに選んだら試合に負ける。セレクションは淡々と実力を優先、そこに「おそろしくまじめ」や「ものすごく賢い」や「むやみに気が強い」などの異彩にして異才を配する。相手の嫌がる個性をうまいこと起用する。選手選考に同情は禁物だ。あくまでも乾いて熱く。あいつは、私にやけに素直でかわいい、なんて湿り気はもってのほかだ。戦法や練習法も、学生の声に耳を傾けながら、最初と最後は指導者が責任をもって決める。
 そして冷徹に選び、決定するからこそ、ひとりずつの青春の歓喜の機会をもたらしたり奪ったりできるからこそ、ひとりずつの青春、ひとつずつの尊厳を大事にする。それがコーチだ。
 部員は、レギュラーや練習法を決められない。反対から考えると、そこについては従わないと闘争集団が成り立たないのだから、変な話、かえって安心して、年長の監督にも、上級生にも自由闊達に意見を表明して構わない。そのほうがクラブはいきいきする。そうであるためには指導者が「そこにいる人間」を根底で信じ、繰り返しだが、愛さなくてはならない。自分に疑問をぶつけてくる部員は宝石なのだ。現体制の日本大学アメリカンフットボール部にきわめて薄かった雰囲気と想像できる。
 ラグビーという枠を超えて、気がかりなのは、昨年、ある高校教員に聞いた話だ。いわく「大学入試にさまざまな推薦方式が増え、筆記試験のみの合否判定はどんどん減った」。すると何が起きるか。「先生に従順な生徒ばかりになる」。異議申し立ては推薦の敵である。評定にキズがつく。若者らしいレジスタンスの芽は摘まれる。テストで点を取れば反抗歴を問わず。こちらも保たれないと社会が細くなる。
 監督が、ただ相手を負傷させるために露骨な反則をしろ、と仮に命じたら、新入生であっても「それはおかしい」と抗議する。この当たり前が認められるには、クラブの培う文化が前提となる。もとよりフェアネスの文化があれば、そんな人物は監督にならない。もうひとつ広く学校教育も、上の人、もっと述べるなら校則のようなルールすら、フェアネスの観点でいつも正しいとは限らない、という常識を少年少女に伝え、異議アリを寛容しなくてはならない。校長に「あなたは間違っている」と唱えた硬骨をどしどし大学に推してほしい。
 さて冒頭の「勝負が先」。ただ、全部員が、みな、いつでも快適であるクラブには、本物の青春の喜びはない。高い頂をめざす。厳しい鍛錬、倫理を貫く。つらい時間もある。無情のレギュラー落ちにもさらされる。そうした闘争集団に身を浸し、実力を問われ続けるから、感受性は研がれ、あとから、仮に「J」でも「ここでよかった」と、じんわり、わかるのだ。
【筆者プロフィール】
藤島 大(ふじしま・だい)
スポーツライター。1961年、東京生まれ。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。著書に『人類のためだ。ラグビーエッセー選集』(鉄筆)、『ラグビーの情景』(ベースボール・マガジン社)、『ラグビー大魂』(ベースボール・マガジン社)、『楕円の流儀 日本ラグビーの苦難』(論創社)、『知と熱 日本ラグビーの変革者・大西鉄之祐』(文藝春秋)などがある。また、ラグビーマガジンや東京新聞(中日新聞)、週刊現代などでコラム連載中。J SPORTSのラグビー中継でコメンテーターも務める。
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