一つひとつのプレーからは真摯さが失われていないサンウルブズ(写真は4月14日・ブルーズ戦/撮影:松本かおり)
■「もし俺の言っていることが違ったら、それをするべきだ」
過日、「水を運ぶ人」と呼ばれたフットボーラーに話を聞いた。サッカーJリーグ・浦和レッズのダイナモ、日本代表のボランチとして活躍した鈴木啓太さんだ。
現役引退後、セカンドキャリアに経営者の道を選んだ。現役時代から関心があった腸内細菌を研究する株式会社AuB(オーブ)を立ち上げた。アスリートのうんちを集め、腸内環境を分析し、体の内側から選手を支える方法を模索する。「社長兼営業部長兼広報担当」として試行錯誤しながら、充実の日々を過ごしている。
尊敬する経営者は誰か、という質問をした時、鈴木さんは「イビチャ・オシム」と即答した。サラエボ出身。旧ユーゴスラビアを率いてW杯イタリア大会でベスト8、日本代表監督時代は含蓄のある「オシム節」でも知られた知将だ。選手のポテンシャルを最大限に引き出そうとしたオシムの姿勢が、鈴木さんの良き手本になっているのだという。
オシムの代表監督時代、土曜日のJリーグの試合後、代表選手たちはよく合宿のために集合した。ほとんどの選手が各クラブの主力だから、試合翌日となる日曜日は体力回復のための軽い練習にあてるのが常だった。
ある時、オシムは練習メニューを組み立てるトレーナーに突然持ちかけたという。
「提案がある。試合をやろうと思うんだ」
「えっ? 前日に試合していますよ」
「それは俺も分かっている」
当時は代表の練習相手に流通経済大の選手たちが待機していた。日曜日に大学生と練習試合をすると聞くと、選手たちは驚き、トレーナーに文句を言った。それでも、オシムは動じなかったという。
「俺は一切口出ししない。とりあえず、リカバリーとして試合しよう。ポジションも自分たちで決めていい」
そして練習試合が行われた。トレーナーが真意を問うても、オシムは「お前は答えを知っているはずだ」とけむに巻くだけ。鈴木さんは「苦しい時にどれだけやれるかをオシムさんは見ている」と理解して、練習試合に臨んだという。
その後、オシムは病に倒れ、日本から去った。
鈴木さんは最近、そのトレーナーと当時の不思議な試合を振り返ったという。そこで一つの結論に至った。鈴木さんは言う。
「試合の翌日はリカバリー、というアタマが僕ら選手にも、トレーナーにもあった。でも、それは思考停止、フィックス・マインドセットなんです。本当はそうじゃない。どんなことにでも、答えは色々あるはずです。考えることをやめるな、考え続けることが大事なんだってオシムさんは言いたかったんだと思います」
鈴木さんはオシムに会って、サッカー人生で初めて「考えて走れ」と言われた。
「それまでは『いいから走れ』だったですからね」
自分の中にまだ、多くの伸びしろが眠っていることを発見できた。それを選手として、大きな喜びだった。
考えて行動できる人間は、何らかの違いを生み出せる。ビジネスは一人の力だけで成功を手にできない。人を育てることこそが経営者の重要な資質である、と鈴木さんは痛感している。だからこそ、尊敬する「経営者」にオシムの名を挙げたのだ。
この話をこのコーナーで紹介したのは、サッカーと同じフットボールであるラグビーにも通底する「オシムの哲学」のようなものの一端を、サンウルブズの試合になかなか感じることができないからだ。
勝負どころで似た失敗を繰り返す。前の試合の欠点を修正すると、今度は別の穴にはまり込んでしまう。負けが込むと、記者は戦術に関するネガティブな質問もする。
キックの使い方は正しいのか、ラインアウトは修正できるのか。正しい道を歩んでいるのか。
そんな問いに、選手たちは「コーチが考えてくれたプランを信じてやるだけ」という趣旨の発言を返してくることが多い。
小さなミスがそのまま失点につながる世界最高峰レベルで、サンウルブズがひたむきにプレーしているのは伝わってくる。コーチが組み立てた戦術を信じ、遂行するのは、選手として正しい姿だと思う。ただ、果たしてチームに考え抜く土壌はあるのか。コーチから与えられた枠を外れてでも、自分たちがやるべきだと思うプレーを選択できる「余白」はあるのか。
オシムは「もし俺の言っていることが違ったら、それをするべきだ」と言い、選手にグラウンド場の「ルール破り」を奨励したという。決め事や型は大切だが、それ以上に選手たちの主体的な判断を重視する。それが、何が起こるか分からない競技の本質や面白さであり、それを考えられる選手こそが勝利を呼び込むことをオシムは知っていたのだろう。そして2015年の我らがラグビー日本代表も、そのことを知っていた。
だから、強く思う。
サンウルブズよ。考えて、走れ。
コーチのプランが必ずしも正解とは限らない。もちろん、選手たちが考えたプレーが勝利につながるかも分からない。規律なきわがままは論外だ。ただ主体性を持ったトライ&エラーこそが、選手の成長を生み、チームの一体感の醸成につながる。
シーズンはもう半分終わった? いや、まだ半分戦えるチャンスが残っている。
【筆者プロフィール】
野村周平(のむら・しゅうへい)
1980年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒業後、朝日新聞入社。大阪スポーツ部、岡山総局、大阪スポーツ部、東京スポーツ部、東京社会部を経て、2018年1月より東京スポーツ部。ラグビーワールドカップ2011年大会、2015年大会、そして2016年リオ・オリンピックなどを取材。自身は中1時にラグビーを始め大学までプレー。ポジションはFL。