小学校卒業と同時に、故郷の京都から単身で北海道に移った。そしていま、6度目の春を過ごしている。
「不安はなかったです。友だち関係とかがどうなるか…とは思いましたが、いまは来てよかったです」
全寮制の進学校である函館ラ・サールに入ったのは、中学受験での第一志望だったからだ。入学するやラグビー部に入ったのは、クラブの先輩や指導者に熱心に誘われたからである。
「体験(練習)に行ったら、他の部活とは取り組み方が違っていた。真剣にやっていますし、雰囲気もいい。そこがよかったです。始めて数か月が経って、ラグビー(の試合)がどうできていくかがわかってからは、ずっと楽しくやっています」
渡邊辰之介。高等部に進んでもラグビー部へ籍を置き、試合では最後尾のFBに入る。身長165センチ、体重68キロと小柄だが、持ち前の走力で魅する。
仲間から球をもらう前から攻略すべきスペースを探し、その区画をえぐるのに最適な位置取りを意識。パスコースへ駆け込みながら一気に防御網を破り、追っ手に囲まれたら身をくねらせてタックルの芯から逃れる。相手に捕まっても、低い姿勢を作ってボールを守る。
2018年3月31日からは、埼玉での全国高校選抜ラグビー大会に出場した。1勝2敗だった予選Cグループ3試合にあって、持ち味を発揮した。
特に初勝利を挙げた4月3日の福岡工戦では、厳しくマークされながら効果的なラン、タックルされながらのパスを連発する。19−19と同点で迎えた後半18分には、ラインブレイクから味方の勝ち越しトライを演出する。続く21分には、左端を約50メートルも駆け抜け自らインゴールを割った。ここでスコアは31−19。
試合会場となった熊谷ラグビー場Bグラウンドでは、他の2会場も見回っていた高校日本代表のスタッフが函館ラ・サールの「15」に熱視線を送っていた。そのことを知らない渡邊は、38−26での勝利後に語る。
話は自身のプレースタイルと、いまのチームの改善点についてだ。
「相手の癖をつかんでその裏をかくことは、常に意識しています。ボールを持っていない時も次のプレーを考えて、SOとコミュニケーションを取りながらやっています。あとは、CTBがもっとしゃべってくれれば。『相手のCTBのディフェンスは(間合いを)詰めてくる、もしくは(タッチライン方向へ)流す』といった情報を与えてくれれば、こっちもどうしたらトライが取れるかを考えやすいので」
ラグビーをやっていてよかった。そう思えるのは、学業成績や私生活に好影響があるからでもある。
文武両道を遂行しながら競技実績を残そうとするクラブでは、テストの点数が悪ければ試合のメンバーから外される。身体の芯の強さを評価される渡邊も例外ではなく、「中学の時には(学業成績に伴う先発落ちが)あった。いまはないです」と苦笑する。
以後は競技生活を充実させるためにも、時間の有効活用に務めた。「20時から23時(休憩時間を含む)」に定められている自習タイムの後も机と向き合い、逆に部活が休みになる試験1週間前も自主的に身体を動かした。
「勉強は朝早く起きてやったり、夜少し長くやったりと、毎日少しずつやることが大切だと思います」
その延長で、近年のクラブを象徴する1人になれた。冬の全国高校ラグビー大会(大阪・東大阪市花園ラグビー場)へ2大会ぶり2度目の出場を果たした前年度のチームでも、不動のレギュラーだった。3年生として迎える今季は、副将を任される。
「勉強も、ラグビーのおかげで頑張れている部分があって。テストが悪かったらラグビーの試合に出られないことも、勉強をするときの背中を押してくれる」
ラグビーと学業のふたつを別個のタスクではなく、連なった物語として捉えるのである。
2季連続の全国行きを目指すチームについては、「花園は1回戦で負けた。終わって寮に帰ってから、皆の意識が変わっていた。来年は勝ちたいという思いが強くなって、それが練習中のコンタクトの強さにつながっている」。チームにとって2大会ぶり3回目となる選抜大会でも、防御面の課題抽出など多くの収穫があったという。
卒業後の進路には地元に近い有名私大などを希望も、「まだ完全には決めていないです」。決めているのは、次のステージでもラグビーを続けることだけだ。
(文:向 風見也)