ラストプレーでトライを挙げた普久原琉主将(中央)と祝福に駆け寄った仲間たち。
(撮影/宮原和也)
1月8日の決勝戦で東海大仰星が大阪桐蔭を接戦の末に破り(27-20)、幕を閉じた『花園』。同大会に2年生がキャプテンを務めていたチームがあった。
沖縄県代表のコザ高校だ。同チームを率いたのは2年生FBの普久原琉(ふくはら・りゅう)だった。
1回戦で明和県央に67点を奪われて完敗した。しかし、試合終了間際に1トライを返した(最終スコアは7-67)。そのとき、インゴールに駆け込んだのが普久原だった。
「最後の最後に、思っていたような形を作れました」
試合の途中からSOの位置でプレーした2年生主将は、相手を押し込んでくれた3年生FWに感謝した。
相手のマークを受けても前に出られるステップの鋭さと強さを持つ。この日も強烈なプレッシャーを受ける中、自ら走り、引きつけては周りを使った。
普久原が特にパスを放ったのがFWだ。8人中5人が3年生。信頼していた。
「はい、頼りになりました。何とかしてくれる、と」
山川康平監督は、ピッチの上の大黒柱である普久原がもっと成長すればチームも良くなると信じて2年生に主将を任せた。3年生がそれをサポートする力がチームの結束を呼び、リーダーの内面の成長がそのまま組織の充実に直結すると期待を込めた。
指揮官が言う。
「普久原自身、成長しました。人前で話すことが苦手だったのに話せるようになったし、やんちゃなところがあったのですが、周囲に気を配るようになった。3年生たちが、キャプテンができないことをやってくれたお陰です」
主将本人も認める。
「全体が見られるようになりました。3年生に助けてもらって、なんとかやってこれた。(キャプテンを)やってよかった」
女子マネージャーを含めて部員25人という小さな所帯で花園切符をつかめたのも、聖地で1トライを奪えたのも、エースの自覚と周囲のサポートが噛み合ってこそのものだった。
この1年の経験を活かして、来年も花園に戻ってきたいコザ。しかし、その道は簡単ではない。
5人いる3年生が卒業すれば部員は16人に。また、3年生5人は全員がFWだったため、新チームになれば、現在BKでプレーしている者のFWへのコンバートも必要だし、新入部員の勧誘も必死でやらないといけない。
幸い地域では、中学時代の部活を引退した3年生に向けて、ラグビーを体験させる試みを続けている。今年のチームにも、そこで楕円球に触れたことで高校入学後にラグビー部の門を叩いた部員が16人。バスケットボールをプレーしつつ、コザクラブジュニアで楕円球を追い始め、美東中ラグビー部を経て入部してきた普久原も、そのひとり。この流れを活用し、新しいチームを作ることになる。
地域全体で強くなる連帯感は、普段の活動にも見られる。
全国大会に出場したコザでさえ21人の部員だから、他校の部員不足は深刻だ。だから、美里、美里工、石川、北中城、北谷のラグビー部の部員たちは日常的にコザのグラウンドに集まり、合同練習をしている(それでも全体で30人前後)。コザ出身の指導者たちのつながりで実現しているものだ。
普久原らコザの2年生以下は、この先の活動の中で、聖地での経験を他校の仲間たちに伝える役目を担う。
そして、これからもリーダーであり続ける男は、「今年よりいいチームにしたい。そのためには、日頃の練習から意識を変えていかないと」と抱負を口にした。将来は、関東の大学ラグビーで活躍したい希望を持っている。