完全密閉型スタジアム。今年完成したUアリーナは独特の雰囲気(撮影:BBM)
▼アリーナ内部は照明と音響の館と呼ぶにふさわしい。
11月25日におこなわれたフランス対日本のラグビー・テストマッチの会場である『Uアリーナ』に関しては、今年9月末にインターネットで調べたときには、U字型の大きな屋根を持つスタジアムが、テニスコートなどのさまざまなスポーツ施設のなかにそびえている完成予想図が掲載されていたため、いかにもラシン92のオーナーである、スイス生まれの不動産王ジャッキー・ロレンゼッティー氏が開発した新開地のスポーツ・ヴィレッジのなかに出来上がるスタジアムなのだと思い込んでいたものだ。ところが、現実のUアリーナに行ってビックリ、見てビックリである。
そもそもUアリーナのあるナンテールの街は、新開地ではなく、コンクリートで出来上がった街だったのだ。1989年に完成したオフィスビルの新凱旋門(グランダルシュ)がそびえるラ・デファンス地区にあって、その名高い高層ビルとは、墓地を挟んで徒歩5分程度の近さだ。ナンテールもラ・デファンスの一部を成している。アリーナの建築された土地は、ヌイ墓地の周囲の部分を有効活用したもので、いわば、オフィス街に隣接したアリーナと呼ぶのが正しい。
そして、アリーナの人工芝の平面は完全に屋根で覆われていた。屋根の開閉ができない屋内施設なのである。試合前日のキャプテンズランの際には、競技区域だけに照明が灯されていたため、周囲の黒に統一された座席が陰気に感じられ、しかも、完成したての割には、コンクリート部分の汚れが目についたりで、最新という印象を欠いていたのだった。
ところが、試合当夜、夜9時のキックオフ2時間ほど前にアリーナ近くへ、乗車したバスが近づくと、赤白青のフランス国旗のカラーにライトアップされたUアリーナの外部の覆いが、夜空に浮かび上がって美しく、現代建築の威力をまざまざと見せつけている。トレビアン。
フランス×日本戦当日、外観は国旗のトリコロールに彩られた(撮影:BBM)
アリーナ内部は照明と音響の館と呼ぶにふさわしい。U字形に3面だけある座席が約3万席だそうだ。コンサートの際には4万席まで増やせるということである。目を引いたのが、スタンドのないゴール裏の壁面に設置された幅70メートルの巨大なスクリーンだ。この日の試合では、選手紹介や種々のメッセージなどが映されていたが、試合のリプレー、TMO判定のリプレーは、大スクリーンには映されず、その外側に左右2か所ある、小さなスクリーンが使われていた。こちらのスクリーンは周囲が明るいせいで、鮮明さにやや欠ける印象であった。
試合当日のパリの気温は摂氏一桁の低いほうだったため、防寒対策を十分に整えて行ったのだが、アリーナに一歩足を踏みいれて驚いた。顔に当たる空気が生温いのである。つまり暖房が入っているのだ。暖房の入った会場でラグビー観戦、観客の立場からは極楽である。ラグビー場での暖房施設というものは、ひょっとすると世界初の試みなのかもしれぬ。
人間は時代とともに柔になる。今年のニュージーランドでは、スーパーラグビーのクルセイダーズの観客数の減少の理由をリサーチして、寒くて試合会場で観戦したくないという回答が多かったことから、クライストチャーチにもダニーデンのような室内ラグビー場の建設が必要ではないか、という話が報じられていたが、将来的には寒冷地では暖房はともかく、室内というのは、観客動員の決め手になるのかもしれない。
スポーツ施設の暖房といえば、もう31年前になるが、カナダのトロントの近くのハミルトンの街のアリーナでみたハッキー(アイルホッケー)のカナダカップの試合で、観客席に暖房が入っていて、半袖では少し寒いが、長袖シャツで観戦できる室温に保たれていたことを思い出した。日本では今もアイススケートのアリーナの観客席に暖房はない。おそらく両国の電気料金の圧倒的な違いによって、日本では無理なのだろう。
Uアリーナはコンサートやファッションショー仕様の音響設備を整え、めくるめく光の渦を自在に演出できる劇場空間という意味で、これからの新しい時代のスタジアム建築に大きな示唆と影響を与えることになるはずである。
23ー23、幸運にも日本と引き分けたフランスだが、この試合ではLOの身長以外で日本に勝るものはなかった。かつてのフランス代表のヘッドコーチたちの指摘は似たりよったりだ。1995〜1999年の代表監督で、元FLのジャン=クロード・スクレラは、フランスのTOP14リーグを評して、「世界一利益を生んでいるリーグだが、世界一のスピードと強さを誇るリーグではない」と指摘している。
専門紙ミディ・オランピックによれば、ベルナール・ラポルト、フランス協会会長は、2週間かけて、ギー・ノヴェスHC(ヘッドコーチ)とアシスタントコーチのヤニック・ブリュ、ジェフ・デュボアの今後について、何らかの結論を出すことをほのめかしている。チームには新しいモメンタムが必要だが、63歳のノヴェスHCが、若いプレイヤーたちの気持ちをつかみきれないのではないか、との憶測もされている。就任からテストマッチ成績が21戦7勝のノヴェスHCへの逆風は強まるばかりだ。
【筆者プロフィール】
小林深緑郎(こばやし・しんろくろう)
ラグビージャーナリスト。1949(昭和24)年、東京生まれ。立教大卒。貿易商社勤務を経て画家に。現在、Jスポーツのラグビー放送コメンテーターも務める。幼少時より様々なスポーツの観戦に親しむ。自らは陸上競技に励む一方で、昭和20年代からラグビー観戦に情熱を注ぐ。国際ラグビーに対する並々ならぬ探究心で、造詣と愛情深いコラムを執筆。スティーブ小林の名で、世界に広く知られている。ラグビーマガジン誌では『トライライン』を連載中。著書に『世界ラグビー基礎知識』(ベースボール・マガジン社)がある。