クライストチャーチ育ち。判断力に長けるSOだ。(撮影/松本かおり)
笑顔がサインだ。
9月下旬から10月上旬にかけて大分にておこなわれた「All Blacks Coaching Clinic(オールブラックス・コーチングクリニック/AIGジャパンがサポート)」。担当コーチだったピーター・ハロルド、デイヴ・ペリンの両コーチは、その日のクリニックがうまくいったかどうか、こどもたちの表情を見て判断するのだと言った。
「笑顔で家へ帰る姿を見ると嬉しくなります。またここに来たいな、次のラグビーはいつかな。そう思ってくれたらいいな、といつも考えています」
ふたりだけでなくニュージーランドのすべてのコーチたちは、クリニック終了時に子どもたちの顔を見る。
51%日本人で49%キウイ(ニュージーランド人)。
自分自身のことをそう言って笑う小野晃征(サントリーサンゴリアス)は、コーチたちのその感覚を「よくわかる」と話す。
1歳のとき、両親がラグビー王国へ移住。2歳時、妹が生まれる際に半年だけ帰国したが、それから19歳までクライストチャーチで暮らした。
幼い頃から楕円球が傍らにある生活で、6歳のときにバーンサイドクラブに入る。エーボンヘッド・プライマリースクールでタッチラグビーに親しみ、クライストチャーチ・ボーイズハイスクール時代は各年代のカンタベリー州代表に選ばれ、同校のファーストフィフティーンにも選出。19歳以下のカンタベリー州代表としても活躍した。
つまり、ラグビーにおいては100%キウイ。それが、のちに宗像サニックス、日本代表、サントリーでトッププレーヤーとして活躍を続ける「コス」(小野の愛称)のベースになっている。
コスが少年時代を思い出す。
「僕自身、いつもラグビーの練習が終わったときには、次の練習を待ち遠しく思っていました。ニュージーランドでは練習時間が短いんです。足りない、と感じるぐらい。でも、ラグビーって倍練習したからって倍うまくなるスポーツでもないので、それくらいがちょうどいい。その日の練習が終わったとき、『さっきのやつ、もう1回やりたいな』と思うくらいが」
だからラグビーが好きになる。好きになると変わる。
「コーチたちは、ラグビーを好きになることが上達の近道と知っているんです。ラグビーを好きになれば、いろんな試合を見たくなるでしょう? そして、良いプレーの真似をする。そうなると、自分で研究もしますよね」
そういった積み重ねが、試合の中で、自分で判断できる選手を作り出す。
コスが幼かった頃、ニュージーランドの10歳までのラグビーでは、タックルが禁じられていた。体格差、男女差をなくすためだ。
「コンタクトがないから、体の大きさや、男女の力の差などで勝負が決まることがない。みんな考えてプレーするようになる。判断が必要になる。コーチたちは、そういう中でボールゲームや競争のある練習をやってくれる。楽しみながら、みんなでスペースを探したり、そんなプレーが自然と身につきます。競争させることで、試合に似た緊張感も生まれる」
スキルやテクニックについての指導はおおらかだ。
「ある程度の基本はありますが、幅を認めてくれる。例えばパス。きれいなフォームでなくても、その人がやりやすい形でうまくやれるなら、それでいい、と。コーチは、うまくいかないときにアドバイスしてくれる存在」
個性を大事にしてくれる。
コーチはいつもオープンでいてくれた。子どもや選手たちに怖がられるのでなく、フレンドリーに接するのだ。
「ニュージーランドの選手たちは、みんな自己主張をするんです。パスやキックのし方もそうですが、ゲーム中の判断についても。コーチは、それをアタマから否定することはない。オープンで、話しやすい空気を作ってくれます」
だから、こちらから意見もいいやすいし、チャレンジできる。ラグビーには正解も間違いもない。それが前提だから、コミュニケーションが生まれる。
「例えばコーチが言ったことに、選手や子どもたちが自分の考えを話したとします。それは、その選手が、それを自分のものにしようとしているからですよね。コーチはそれを聞いて、明確なことを言わないことも多々あります。考え続け、選手自身でその局面、局面での正解を自分なりに見つけていけばいいんですから」
コスは、高校時代にクルセーイダーズのコーチがグラウンドにやって来て、いろんなことを教えてくれたことも覚えている。
「ニュージーランドはオールブラックスのやっていることが、トップダウンで伝えられる仕組みができています。世界で一番強いチームの理論や、そこで求められているスキルなどが、まずスーパーラグビーのチームに伝えられ、次にマイター10カップのチーム(各地州代表チーム)に。そして、ローカルクラブやグラスルーツにまで行き渡ります。理想的なピラミッドができていると言ってもいいと思います。選手の誰もが、自分のコーチを通して、どんなプレーをやってうまくなれば、次のレベルに進めるか分かる。コーチにも、上のレベルがどんなことをやっているか、考えているかを学ぶ機会がある」
サントリーでのラグビークリニックの際や、ラグビースクールの指導のサポートに足を運んだとき、たくさんのコーチたちが、熱心に子どもたちを教えている光景を見る。ニュージーランドでは大勢の子どもたちに数人のコーチということが多いが、日本ではもっとサポートが厚い。そんなときにコスは思うのだ、
「そのコーチの皆さんはボランティアでやっている方々が多いと思うんですよね。そのコーチたちがサポートを受けて、きちんとしたコーチングスキルを身につけたら、いま以上に子どもたちにとって、いい指導ができるのにな、と」
だからこそ、「All Blacks Coaching Clinic」を通じて、ニュージーランドのコーチングスキルが日本に広まったら、それは日本ラグビーの変化につながると思っている。コーチが変われば選手、子どもたちも変わる。
「絶対に日本のラグビーは強くなっていきますよ」
日本が世界のトップ国になるには時間がかかるだろうが、グラスルーツの根っこがしっかりはれば、その上には太い幹が育つ。そして枝葉が伸びて大きな木となり、たくさんの実が。そんな理想的なサイクルが確立するのは、決して夢物語ではないはずだ。
コスが言う。
「日本でときどき耳にして残念に思うのは、ラグビーに飽きたとか、(練習をやり過ぎて)ラグビーを嫌いになったとか、そういう理由で『もう(プレーするのは)いいや』となる若い人がいるということです」
そこにいる全員を、ある決まった期間に、同じようなレベルにまで引き上げるような指導をすると、そういった選手が出てくるのかもしれない。
「だからコーチは、そこにいる全員が毎回の練習をスマイルで終えることをゴールにすればいいと思います。ニュージーランドでは、ラグビーのシーズン以外には、みんなクリケットなど、他のスポーツも楽しみます。いろんなスポーツを経験した上で、ラグビーを選んだ人が長くラグビーを続けていく。楽しいから、やる。それが大事。コーチと選手は先生と生徒ではないと思います。ラグビーを教えるのがコーチの仕事ではなく、楽しいと思わせるのがコーチの役目」
スマイルをゴールに。「All Blacks Coaching Clinic」からもっとも学ぶべきことは、きっとそこにある。
王国育ちの小野晃征は、自分のプレーを通して、それを証明することができるひとりだ。