11月23日、秩父宮で行われた早慶戦は、23−21の僅差で早稲田が逆転勝ちした。これで通算戦績は早稲田の67勝7分20敗。今季の関東大学対抗戦Aにおいては早稲田が5勝1敗、慶應が4勝2敗となった。
秩父宮を覆った雰囲気に定期戦としての重みはもちろん感じられたし、対抗戦順位でも、大学選手権組み合わせを考えるとこの一戦の勝敗には大きな意味があった。それでも、試合後の両チームからは、良い意味でこの一戦をプロセスとして捉えられる前向きさがあった。
敗れた慶應は、一時12点差をつけ、残り8分まではリードを守っていた。逆転を食らってわずか2点差の敗戦にも、指導陣、選手たちがさばさばとしていたのは、複数年を経て力をつけつつある実感、いまできることをやり切った充足感があり、次に取り組むべきことが明確になっているからだろう。
慶應、この日いちばんの場面は後半24分、相手のノータッチキックを起点に連続攻撃で仕留め、リードを12点に広げたトライシーンだ。
中盤地域右タッチライン際で、ラインの外から中へジャンプしながらキャッチしたのは慶應FB丹治辰碩(たんじ・たつひろ)。183センチの長身と身体能力で前進、相手をかわし、吹き飛ばして相手防御の網を突き破る。そしてタックルを受けて10秒後には再び味方SHをサポートして前進し、トライの立役者となった。慶應は21−9とする。
丹治は、早稲田サイドからすれば間違いなく慶應で最もマークするべきランナー。しかしこの日この場面までは存在感が薄かった。
丹治本人も、「後半はスイッチを入れようと決めて入った」。
「緊張しているとは感じていなかったのですが、前半は僕自身もフワフワした感覚のまま時間が過ぎてしまった。風向きの関係から、相手のキックが伸びてきて、蹴り合いになるケースも多かった。チームとしても、最終的には自分たちのボールになるような選択を…と話していました」(丹治)
件のトライ場面はまさに、後半に切り換えを意識した積極性の賜物だ。
丹治は、そのまま流せばタッチに出る相手キックを、生きたまま直接受けて右ライン際を突進した。起き上がってボールを受けてもう一度前進、相手をコンタクトプレーでも押し下げているのがさらに目を引いた。12点差として慶應はさらに活気づいたが、そこから早稲田に2トライ2ゴールを奪われた15分間が、大学選手権までの宿題だろう。
BKのエースである丹治がチームのポイントに挙げるのがブレイクダウン(タックルの後のボールの奪い合い)だ。課題というよりは強み。ランナーが封じられていようといまいと、慶應で前半から光っていたのは両LOの辻雄康、佐藤大樹ら、強くてよく走るFW陣だ。ここぞの場面ではガリガリ、ボカスカと擬音が聞こえてきそうな激しい集団プレーで相手ボールに絡み、圧力をかけた。相手のミスも誘った。明治、帝京とも互角に戦い自信をつけたFWの強さは慶應の武器。それが、最後の15分は沈黙した。
慶應は相手1人に対して2人がかりでタックルにいくことを徹底しているが、その1人目のタックルで相手の動きを封じられなくなったことから、密集場面での劣勢が始まった。
再び丹治はその局面の課題を、チームの取り組みに戻して話した。
「早稲田はワイドに広がってアタックしてくるので、守っていて判断が徹底できないところがあった。その少しずつの後れがタックルのずれ、食い込まれる原因にもなる」(丹治)
早稲田の展開スピードに判断と意思統一が遅れ、個々のタックルが食い込まれ、密集でプレッシャーを受けて、チーム防御の出足が鈍る。すると早稲田のテンポの速さに拍車がかかって…という循環。
「(判断に加えて)低いタックルは、絶対にやらなければならないこと」(丹治)
部の基本である低いタックルと、チームとしての判断力。足元を見つめ、課題を一つひとつ克服していけば優勝できる。優勝できる――今季、帝京に3点差と迫った体感もある彼らは、いま最も実感を持ってそう言えるチャレンジャーかもしれない。
慶應は次週、対抗戦最終戦の青学大との試合を乗り切って、大学選手権に向かう。8連覇中の帝京、選手のポテンシャルと一体感がある明治、再戦なれば早稲田との一番も楽しみだ。各チーム意思統一も進むこれからは、この日はまだ多かった単純なミスも数を減らしていくはず。リーグ戦の大東大はじめ、ディフェンスのいいチームが元気なことも、これからのシーズンを引き締めてくれるのではないか。天理大がリードする関西勢を加えて、個性さまざまな各校が本番でどんな色を出してくるのか。大学シーンが佳境に入る。
(文:成見宏樹)