日本代表×世界選抜戦では多くのサンウルブズ組がプレー。
雨の中、1万人を超える観衆が集まったが、同日の関東大学対抗戦には及ばなかった。
(撮影:出村謙知)
11月4日に予定されている日本代表とオーストラリア代表のテストマッチ。
会場はラグビーワールドカップ日本大会ファイナルの場となる日産スタジアム。過去2度のワールドカップ制覇を誇る強豪との対戦ということもあり、日本代表の、いや日本ラグビー界全体に対するこのビッグイベント自国開催への準備状況が試される一戦となることでしょう。
もちろん、ヒト・コミュニケーションズ サンウルブズの会長という立場で考えても、多くの選手がチームの一員であり、来季からはジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ自身も直接指揮を執ることが決まっている日本代表がオーストラリア代表に対してどんなチャレンジをしてくれるかは、この秋最大の関心事と言っていいほど注目しています。
さらに、この連載でも度々触れてきたように、私自身、フランスのトップ14との交流の可能性を探っていることもあり、オーストラリア戦に続いて行われるフランス遠征での日本代表の戦いぶりに関してもいつも以上の関心を持ってフォローするつもりです。
そんなふうに、日本代表にとって、いや日本ラグビー全体にとって、大きな意味を持つ秋を迎えているわけですが、その一方で、大学ラグビーのシーズンもいつものように佳境を迎えつつある。
先週の土曜日(10月28日)、福岡での日本代表対世界選抜戦の一方、東京・秩父宮では慶應対明治、早稲田対帝京という大学の人気チームを集めた関東大学対抗戦の試合が行われました。
福岡のレベルファイブスタジアムに集まっていただいた観衆が10,303人だったのに対して、秩父宮の2試合目の観客動員数は11,953人。
福岡と東京とでは、もともと、スタジアムに足を運んでもらえる可能性のあるファンの方々の数的ポテンシャルに違いがありますし、当日の天候も大荒れだった福岡に対して、東京はまださほど台風の影響はなかった。
それでも、単純に言えば、日本代表の特別な試合よりも大学の対抗戦により多くの人々が集まったのはれっきとした事実ではあるわけです。
これは、日本特有の現象と言っていいでしょう。
もちろん、私自身、現在も大学に籍を置いており、振り返ってみても大学ラグビーを通して成長してきた人間であることも間違いない。
ということで前置きが長くなってしまいましたが、今回は当連載ではあまり触れてこなかった大学ラグビーの将来像に関しての私自身の考えを少しばかり綴っておこうと思います。
I contribute to the world peace through the development of rugby.
つきつめるならば、これこそが私が自分の人生において、成し遂げたいことです。
やや大言壮語なニュアンスで伝わりそうなので、あえて日本語には訳しませんが、要は「間違ったリーダーをつくらない」ということ。これが、私がラグビーに携わりながら実現していきたいことです。
ラグビーという競技の社会的存在意義を考えた時、一番重要なのは人間教育、つまりリーダーを養成していくことだと私自身は考えています。
もちろん、リーダーだけでは社会は成り立ちませんので、リーダーシップの一方でフォロワーシップという側面も集団生活には重要になるわけですが、その観点から見ても、15人というフィールド競技としては最多で、かつ正しいフィジカルコンタクトをルールで認めているラグビーという競技は、正しい人間形成の場を若者たちに提供していると、長らく楕円球社会で生きてきたひとりとして自負しています。
先ほども、同時開催された日本代表の試合よりも大学の試合の方が観衆が多かった先週末の出来事を取り上げ、その事象を「日本特有の現象」と書きましたが、その一方で世界に目を向けても大学スポーツにおけるラグビーの地位が他の競技に比して高いことは否定しようのない事実でもあります。
それも、北米のカレッジスポーツとは異なり、あくまでもアマチュアのステイタスで発展してきたのが大学ラグビー。
間違いなく世界で最も格式の高い大学ラグビーの一戦であるオックスフォード大対ケンブリッジ大(バーシティマッチ)の一戦には、ラグビーがプロスポーツとして定着する以前は両大学に留学中の世界のトッププレーヤーが出場していました。
日本にもバーシティマッチに出場した“ブルー”の称号を持つ元・一流選手たちがいますが、彼らが共通して証言するのは、留学時代の「勉強の大変さ」。
ただ単にラグビープレーヤーとしてフィジカルやスキルが優れているだけでは“ブルー”にはなれないわけです。
エリート教育を施す高等教育機関で学ぶ学生としての本業で成果を出した者のみがバーシティマッチが行われるトゥイッケナムのフィールドに学生として立つ資格が与えられ、ブルーとして讃えられる可能性が出てくる。
もちろん、世界最高峰のバーシティマッチは特別な例かもしれませんが、基本的には大学ラグビーとはそういう本物のアカデミズムによって支えられてきたものだし、長らく大学ラグビーに携わってきたものとしても、そこはラグビー自体がプロフェッショナルになっても堅持すべき矜持だと思っています。
現状でも日本人トップリーガーの9割以上が大卒
サンウルブズは“ラグビーの松下政経塾”を目指す
トップリーグでプレーする日本人選手の大卒率は9割を超えます。
これは、プロ野球(NPB)、Jリーグなどのメジャー球技のトップ選手たちと比較しても圧倒的な割合です。
もちろん、この事実は日本の大学ラグビーが他のカレッジスポーツと比較しても高い人気を誇り、世界でも類を見ないような繁栄を誇ってきたことと無縁ではありません。
その一方で、世界的に見ても、バーシティマッチが行われるイングランドだけではなく、ラグビーはエリート教育の一環として位置付けられて発展してきた側面があるのは、紛れもない事実。
そんなふうに、ラグビーが誇ってきたエリート教育という観点からも、日本の大学ラグビーにはさらなる発展をしていってほしいというのが私自身の切なる願いでもあります。
サンウルブズの運営に携わるようになった時、私はこの集団がゆくゆくは「ラグビー界における松下政経塾」のような存在になっていってほしいと考えました。
大学で高等教育を受けた選手たちがトップリーグ入りし、さらにそこから選りすぐられたエリートたちがサンウルブズとして世界のトップチームと戦っていく。
もちろん、ラグビーの技量も世界に通じるものでなければいけないですし、その一方で人間的にも世界で通じる人材であってほしい。
先ほどから触れてきているように、エリート教育の一環として発展してきた歴史を持つのがラグビーという競技です。
賛否両論あるでしょうが、英連邦においては植民地政策を推し進める人材を育成してきた側面も間違いなく存在する。
現代においても、アフガニスタンで英国軍が主導して現地の人たちにラグビーを教え、ラグビー協会の設立に奔走するようなことが実際に起こっているのです。
歴史的にラグビーが果たしてきた、いい意味での社会貢献的役割(真の意味でのPKO活動)は、今後プロフェッショナル化がさらに加速しても、堅持すべきものだと思っています。
もちろん、プロ化が進めば、ボーダーレス化も進みます。
近い将来、サンウルブズを筆頭に、トップリーグ、そして大学チームでも、よりダイレクトな国際化が進んでいくことは間違いない。
この連載で何度も触れてきたとおり、日本が主導するかたちでクラブワールドカップにつながるような国際大会の設立への機運は高まっていますし、その一方で、個人的には大学チームによる世界大学選手権のような大会も実現する可能性も十分あると思っています。
ただし、現状として日本のラグビー界にそうした国際舞台でしっかり仕事をこなせる人材が豊富にいるかというと、疑問符を打たざるを得ない。
幸いにして、私自身、世界中のラグビー関係者と接する機会を多く持たせていただいているわけですが、当たり前ですが世界のラグビーエリートたちのコミュニケーション能力は相当高い。
もちろん、世界の楕円球をめぐるやりとりにおける共通言語は英語です。
非英語圏出身者、具体的にはフランス人であり、イタリア人であり、アルゼンチン人であり、あるいはウルグアイ人やジョージア人やルーマニア人だったりするわけですが、ごく当たり前に英語でのやりとりを苦なくこなします。
そのあたりは、英国中心にエリート教育の一環としての歴史を持つラグビーならではでしょう。
翻って、日本のラグビー界には、まだまだ世界のラグビー関係者と公私にわたって対等にコミュニケーションを取れる人材が残念ながら少ないと言わざるを得ないのではないでしょうか。
サンウルブズの運営スタッフの公募条件には、TOEICの点数を設けてあります。スタッフとしてSANZAARやスーパーラグビーの他のチームと常にやりとりしていくためには、当然ながら英語力が必要になる。
その一方で、私自身は日本人選手にも、英語でコミュニケーションを取れるようになっていってほしいと思っています。
選手として世界トップと渡り合うチャンスをもらえるのだから、プレーではない人間形成の部分でも最大限そのチャンスを生かしてもらいたいものです。単純な話、海外遠征先で友人のひとりやふたり、すぐできるくらいじゃないといけないと思うのです。
これから日本は少子化がさらに加速し、表現は悪いですが、スポーツにおいても各競技間の子どもの奪い合いが激しくなる。
将来的に、ラグビーが発展していくためにも、もともと、世界的にラグビーという競技が誇ってきたエリート養成という側面は、日本においても大きな利点となる。真のリーダーを育てる競技という側面がいま以上に定着すれば、この日本の将来を担う子どもたちにラグビーをプレーさせる意義はさらに高まってくるのではないでしょうか。
その観点からも、大学ラグビーの発展は欠かせない。
大学ラグビーの発展があってこそ、トップリーグ、そしてサンウルブズの発展がある。
プロ化し、ボーダーレス化が進む中で、もう一度、しっかりとしたアカデミズムに支えられた人間形成の場としての大学ラグビーの価値を再評価すべきではないでしょうか。
大学でしっかりエリートとしての素養を身につけ、名だたる大企業が揃うトップリーグ、さらにはサンウルブズでラグビーにとどまらないリーダーシップを国際的な舞台でも取れる人材へと成長していく。
私自身は、そんな人間形成ステージとしての可能性を持つのが、日本ラグビーだと信じています。
現在、大学ラグビーで成功を収めているチームとは、ラグビーだけではなく人間教育にも力を入れているクラブではないでしょうか。
「勉強は大変だけど、試合に出たいからラグビーも一生懸命がんばる」
“ブルー”の称号を目指した真のラグビーエリートにも通じる姿勢こそ、将来的に日本の大学ラグビーがさらなる発展を遂げるために、必要な要素であるような気がします。
<プロフィール>
上野裕一(うえの ゆういち)
ビジョンは I contribute to the world peace through the development of rugby.
1961年、山梨県出身。県立日川高校、日本体育大学出身。現役時代のポジションはSO。
同大大学院終了。オタゴ大客員研究員。流通経済大教授、同大ラグビー部監督、同CEOなどを歴任後、現在は同大学長補佐。在任中に弘前大学大学院医学研究科にて医学博士取得。
一般社団法人 ジャパンエスアール会長。アジア地域出身者では2人しかいないワールドラグビー「マスタートレーナー」(指導者養成者としての最高資格)も有する。
『ラグビー観戦メソッド 3つの遊びでスッキリわかる』(叢文社)など著書、共著、監修本など多数。