ラグビーリパブリック

真の勇者。ジュアン・スミス。

2017.10.21
これからもトヨタファミリー。ジュアン・スミス(撮影:松本かおり)
 2007年のラグビーワールドカップで南アフリカ代表を優勝に導いたジェイク・ホワイト ヘッドコーチは、のちに少しだけ不満を口にした。同年のIRB(現 ワールドラグビー)年間最優秀選手賞にジュアン・スミスがノミネートされなかったのが納得できなかった。
「彼は目立つプレーヤーではないかもしれないが、スプリングボックス(南ア代表)でかなりの貢献をした。彼は世界最高のブラインドサイドフランカーだ」
 2017年10月21日、愛知・パロマ瑞穂ラグビー場。ジャパンラグビートップリーグの第9節・豊田自動織機シャトルズ戦で、ジュアン・スミスは、トヨタ自動車ヴェルブリッツの背番号6をつけて先発出場する。彼にとって、この試合が現役ラストゲームだ。家族の健康問題によりトップリーグでのプレーが困難となり、シーズン途中だが、退団とともに引退を決意した。今季ヴェルブリッツの指揮官に就任してかつての教え子を日本に呼び寄せたジェイク・ホワイト監督は、この試合のゲームキャプテンをジュアン・スミスに任せた。
 1981年7月30日、南アフリカのブルームフォンテインで生まれた。南アラグビー協会の公式サイトに書かれたプロフィールによれば、好きな映画は、メル・ギブソンが主演・監督を務めたアカデミー作品賞の『ブレイブハート』。ラグビーグラウンドでのジュアン・スミスも、確かに勇敢な男だった。
 身長196センチ、体重116キロ。ファーストタックルを粉砕するフィジカルの強さと、スピードある豪快な走り、ハンドスキルも巧みで、疲れを知らないハードタックルの連続はモンスターディフェンスと呼ばれた。ラインアウトジャンパーとしての能力も高く、ブレイクダウンでも激しくファイトするなど運動量豊富で、古巣チーターズで示したように、リーダーシップも優れていた。
 2003年6月に、21歳でスプリングボックスデビュー。数か月後にオーストラリアで開催されたワールドカップでは、当時ビッグスターだったNO8ボビー・スキンスタッドが負傷で落選、代わりにスコッド入りしたジュアン・スミスはリザーブのひとりかと思われていたが、8番をつけて大舞台で大暴れし、世界中が新たなスター誕生に拍手を送った。
 恐れを知らないハードマン。それゆえ怪我は多いが、どんな痛みでもフィールドを去るのを拒む。痛みを口にしないため、彼がそれを告げた時は、ドクター、コーチ陣は緊急事態と考えなければならなかった。
 2009年は頭の怪我に苦しみ、膝は何度も壊れかけた。しかし致命傷だったのは、2011年2月25日のブルズ戦(スーパーラグビー)で起きた左足のアキレス腱断裂だった。
 同年のワールドカップ出場を断念。4度の手術と2年におよんだリハビリの末、2013年のプレシーズンマッチでフィールド復帰したが、久しぶりの試合で古傷を悪化させ、医師に「もうラグビーを続けるのは無理だ」と言われ、一度目の引退を口にした。
 しかし、ジュアン・スミスは完全燃焼していなかった。同年9月、熱心に誘ってくれたフランスのトゥーロンに加入し、復活を果たす。必死にプレーし、1年目で欧州タイトル(ハイネケンカップ)と国内リーグ(トップ14)の2冠獲得に大きく貢献、翌シーズンは欧州連覇を遂げた。
 南アフリカ代表、スプリングボックスで重ねたキャップ数は70。2010年11月の欧州遠征でキャリアは終わったかと思われたが、2014年8月のザ・ラグビーチャンピオンシップ(南半球4か国対抗戦)でLOヴィクター・マットフィールドが負傷で離脱したため、追加招集され、再びグリーン&ゴールドジャージーを着た。同年8月23日のアルゼンチン代表戦が、スプリングボックスでのラストゲームとなった。
 そして、2017年10月21日、トヨタ自動車ヴェルブリッツの背番号6をつけて、現役のラストゲーム。
 ジャパンラグビートップリーグでは7試合にしか出場できなかったけれど、いつも全力でプレーしたジュアン・スミスの姿をファンはよく知っている。彼は間違いなく、名門チームの今季躍進・復活に大きく貢献した。そして、トヨタ自動車ヴェルブリッツを愛したに違いない。
 10月18日に引退を発表したとき、彼はこうコメントした。
「恩師であるジェイク監督と共に、トヨタ自動車ヴェルブリッツのチームメイト、コーチ陣、そしてファンの皆様と一緒にトップリーグ優勝に向けてプレーし、喜びを分かち合うことを楽しみにしていたので非常に残念に思っております。トヨタ自動車ヴェルブリッツの今シーズンの活躍を祈念し、これからもトヨタファミリーの一員として、最大限サポートしていきたいと思います。短い期間でしたがありがとうございました」

スプリングボックス最後の試合となったアルゼンチン戦前、
国歌斉唱で感情が高まるジュアン・スミス(Photo: Getty Images)