ラグビーリパブリック

悔しさを成功に変える。神戸製鋼コベルコスティーラーズ WTB清水晶大

2017.08.29
初めてのアウトサイドでのプレーでも落ち着いていた。(撮影/早浪章弘)
「WTBで先発するのは初めてです」
 清水晶大(あきひろ)は言った。
 神戸製鋼コベルコスティーラーズの新人は、トップリーグの初スタートをもぎ取る。しかし、その位置は慣れ親しんだSOではなく、18年のラグビー人生で初めての大外だった。
 8月26日、神戸製鋼は宗像サニックスブルースを20−3で破る。ホームの神戸ユニバー記念競技場で開幕2連勝を記録する。
「できる限りチームに貢献できように全力で臨みました」
 清水がその存在を輝かせたのは、0−3の後半開始43秒だった。
 敵陣10メートル付近ライン際にハイパントが上がる。猟犬のようにラッシュ。175センチ、84キロの体を、捕球者であるFB藤田タリグ洋一の腰にぶち当る。身長で13センチ、体重で8キロ勝るアイルランド人のハーフを打ち倒す。後方に投じられたボール。そこでノックオンが起こる。
 起き上がった清水は、駆け寄ったFL前川鍾平とハイタッチを交わす。
 主将の動きは、閉塞感を打破したルーキーに対する感謝の表れだった。
「一発で流れをかえてやろう、という思いで行きました。気持ちよく入れました」
 出身校の関西学院大では1年生からSOとしてレギュラー。左右の長短のパスやタテへのスピード、正確なキックなど、アタックが光る選手だった。そのベースに大学4年間と社会人の半年でディフェンスも加わる。
 Jスポーツの解説で来場したラグビージャーナリストの村上晃一は言う。
「あのタックルでゲームの流れが変わったよね。あのあと、サニックスは立て続けに3つ4つミスが出た。あれは大きかった」
 ノックオンのスクラムからの展開で、神戸製鋼はハイタックルの反則を得る。4分、FBコディ・レイがPGを決める。同点。続く9分にはノット・リリース・ザ・ボールにより、再びレイが3点を確保する。
 6−3。神戸製鋼は勢いづいた。
 予想が難しかった清水のWTB先発を、就任2年目のジム・マッケイヘッドコーチ(HC)は、口元を緩ませて答える。
「ほかに選択肢がありませんでした」
 バックスリーにケガが多発する。
 咋シーズンのリーグ戦ベスト15に輝いた山下楽平、193センチと大型のアンダーソン フレーザー、CTBとして日本代表キャップ39を持つ今村雄太、6年目の井口剛志らは戦列を外れる。清水の同期で、アジアチャンピオンシップの日本代表に選ばれた森田慎也は、ケガから復帰しているが万全ではない。
 その状況下での起用だった。
「彼は北海道のキャンプでもパフォーマンスがよかった。大きいキックが蹴れるし、ハイボールのキャッチングがよく、ハンドリングエラーも少ない。ユーティリティープレーヤーとしてWTBもこなせると判断しました」
 マッケイHC自身、現役時代には清水と同じようにSOとWTBを経験している。
 清水は示された2つの注意を口にする。
「絶対にタッチには出るな、ということと、ボールをキープしろ、ということです」
 指揮官は清水にWTBの特徴である脚の速さではなく、堅実さを求める。すなわち、ボールリサイクルを軸にした戦略が出来上がっていることを意味する。
 清水のプレーにはそれが出る。
 前半16分、レイがライン際に流れる、スペースがなくなった瞬間、外から内に入り、ボールを生かす。阿吽(あうん)の呼吸によるクロスプレーだった。
 清水には新しいステージで奮闘しなければならない理由がある。
 関西学院大の主将だった昨年、チームは指導者との対立などもあって、リーグ戦6位と低迷する。3年時は最下位8位。関西制覇を経験した2年時に比べると、上級生となっての2年間は残念なシーズンになる。
 さらに昨年11月の摂南大戦では、21−26と負けている状況で、入替戦回避を考えたベンチの指示を受け、清水自らがタッチキックで試合を終わらせたことを、一部のスポーツ紙が「珍事」と取り上げ、波紋を呼んだ。
 12月のリーグ戦日程終了時には、3校が1勝6敗で並んだが、関西学院大は3校間の得失点わずか1の差で入替戦を免れる。
 清水とチームの考え方は正しかった。
 ただし、プロでもないのに、批判的に書かれた事実は消えるものではない。
「自分の中の悔しい思いや不甲斐なさは一生残ります。その中で、できることは、このチームでステップアップすることしかありません。関西学院の名前を全国に広め、1人でも多くのトップリーガーが生まれることに役立っていきたいと思っています」
 不完全燃焼だった大学後半を糧にして、社会人での成功を引き寄せる。それが、出身校や先輩、後輩への恩返しにつながる。
 清水の意志は固い。
(文:鎮 勝也)
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