台湾・淡江高の呉志賢(ご・しんけん)監督(左)とOBで今回の遠征のガイドをつとめた湯鎮宇(たん・ちんう)さん。右後方の赤いTシャツを着ているのが淡江高の部員たち
大学時代の2年ほどの触れ合いは、その後の人生でも途切れない。
8月9日、福岡県の南東部にあるうきは市に台湾から高校チームがやって来た。
淡江高級中学校。
発音を「たんかん」とする私立校は、首府である台北の上の新北にあり、日本統治下時代を含め、100年以上の歴史を誇る。
26人の高校生のガイドをつとめたのは、同校OBの湯鎮宇(たん・ちんう)だ。
8泊9日の日本ツアーの受け入れ先として、湯が頼ったのは、京都産業大ラグビー部時代の1年先輩、吉瀬晋太郎である。
現在、浮羽究真館高の監督でもある32歳は、大学の同期で湯が「兄さん」と慕う石蔵義浩と話し合い、主催する「浮羽ラグビーフェスティバル」(KYUSHU RAINBOW CHALLENGE)に招いた。
湯は「白面の貴公子」と呼べる顔立ち。目じりを下げ、流ちょうな日本語で話す。
「台湾にラグビー部のある高校は8つしかありません。だから日本に来れば、試合がたくさんできます。この遠征を考えた時、頭に浮かんだのは晋太郎さんや石蔵さんでした。2人にはよくしてもらいました」
丸刈りに赤銅色に日焼けした吉瀬は、後輩からの賛辞に照れを浮かべる。
「別に湯くんだけを特別扱いしたわけではありません。1つ下の後輩としてみんなと同じように接しただけです」
人種として見ず、同じ人として見る。その気持ちが湯の心をうつ。
淡江の実力は国内ではトップ。今年5月、サニックス・ワールドユースに参加した台北一中の流れをくむ建国(じぇんぐお)高級中と2強を形成する。
南国を想像させる黄と朱色の段柄ジャージーは大きく、強く、速い。
8月10日の浮羽究真館との20分ゲームではトライ数5−0と圧倒する。
監督の呉志賢(ご・しんけん)は、CTBとして横河電機で1年間プレーした。190センチ近い体躯で、魔よけの「鍾馗」を思わせる38歳は、延々と続く試合によろこぶ。
「ここではラグビーに集中できます。ゲームがたくさんできるから、選手たちの視野も広がる。それに台湾に比べたら涼しいです」
選手たちは脱いだアップシューズを1列に並べる、試合は校旗を立てた下に集まって見る。礼儀正しさ、一体感が醸し出される。
「晋太郎さんやそのほかのチームと試合ができることは、ラグビーはもちろんのこと、日々の生活態度も含めて勉強になります」
湯は教室で寝泊まりして、同じ内容のごはんを一緒に食べる意義を口にする。
日台の高校生たちは身ぶりや手ぶりを交え、笑顔を浮かべる。コミュニケーションにとって大切なのは、言語力でなく、理解しようとする姿勢だと悟る。
湯の留学は、ラグビー部前部長で法学部教授だった清河雅孝が台湾出身である縁で生まれた。しかし、3年への進級寸前に中退した。
「お金とかいろいろな事情がありました」
退部の段階で、去った者と残った者の音信は不通になる。ところが、石蔵はメールアドレスを関係者に聞きまくり、心配を書きつけた文章を台湾へ送る。
「彼の練習態度はまじめでした。そして、ラグビーが好きだった。だから、つながりが途切れてしまうのは残念だったのです」
石蔵は筑紫丘高から一浪して入学した。速さと巧さを兼ね備えたCTBとして1年生から関西の名門でレギュラーを張る。
「大学の同期は20人くらいいましたが、一浪は僕だけだった。同じ福岡の出身者も最初は敬語を使っていました。湯も台湾から来て1人だった。そんな似たような境遇が、お互いを引き付けたのかもしれません」
返信は1年後にあった。そして10年以上の時が流れ、今回の遠征が実現する。
石蔵は就職した三菱東京UFJ銀行を昨年で辞め、父の建材会社を継いだ。福岡に戻っていたことも、この再会にプラスに働く。
湯は帰国後、男子の義務である兵役につく。エリート兵種である空挺部隊で1年以上を過ごした。石蔵への返事が遅れた理由だ。
過酷な日々を思い出して笑う。
「大学の練習がきつかったから、軍隊に行っても問題はありませんでした」
2年間とはいえ、朝6時半から始まる毎日のウエイト中心の朝練習が生きた。
「今でも覚えているのはスクワットのしんどさです。重かったなー」
現在は、アイシャドウなど化粧品を作る小さな会社の社長をつとめる。
交流継続の問いに対して湯は即答する。
「もちろん続けたいです。淡江の選手は姿勢が高い。パスが必要なところで放れない。晋太郎さんのところでもっと学びたいです」
勝ち負けではなく、ラグビーの基本的な部分に目を向ける。台湾の高校生が、極東の島国での経験を生かすなら、それは吉瀬や石蔵にとって、喜ばしいことに違いない。
淡江は8月15日の最終日まで浮羽フェスティバルに参加。その後、古代の金印が出土した志賀島などを散策、17日に帰国する。
(文:鎮 勝也)