ラグビーリパブリック

兵庫・星陵高校の試み ―総天然芝グラウンドの完成を目指して―

2017.06.21
植えられたばかりのインゴールの芝生に立つ兵庫・星陵高校の首脳陣。
左から重江義彦OB会会長、一口直貴主将、渡邊雅哉監督
 緑まぶしい天然芝は確かに張られていた。
 南側インゴールの縦70×横5メートル。まだ大きいスペースではない。しかし、ラグビー人が好む「ふかふか」の感覚はある。
 兵庫県立星陵高校。
 1941年(昭和16)、神戸四中として始まった学校は、神戸市垂水区の高台に位置する。東には白砂の須磨海岸があり、南には目の前に淡路島。架けられた世界最大のつり橋、明石海峡大橋の下には青い海が広がる。
 ほぼフルサイズのラグビー場が取れる第2グラウンドの「天然芝化」を進めるのはOB監督の渡邊雅哉だ。
 鹿屋体育大出身の38歳。保健・体育教員でもある渡邊は理由を並べる。
「まず、ここは練習のモチベーションに関わるくらい砂ぼこりがきついんです」
 爽やかな海風は時に黄土を舞い上がらす。そうなれば目を閉じるほど厄介になる。
「あとはリクルートを考えてです。呼び込む目玉があれば振り向いてもらえます」
 ラグビー部の創部は1950年。今年68年目を迎えるが花園出場はない。4回ある県予選決勝進出が最高。全国的には無名である。
 他にも中学生勧誘の不利はある。内申書5段階で半分以上5がないと入れない難しさ。学校所在地がラグビーの盛んな神戸市東部ではなく、西部にある。最寄り駅のJR垂水からバスで約15分と通学時間もかかる。
 しかし、天然芝グラウンドはそれらのマイナスを吹き飛ばす可能性がある。
「それに、しょうもないスリ傷なんかは確実になくなります」
 クッションができれば、脳震とうや骨折なども減る。タックルや試合形式の練習も嫌がらずにこなせる。
 生み出されるメリットは計り知れない。
 問題は「予算」である。
 人工芝のグラウンド建設は地中の基礎工事も含め億単位のお金が必要だ。
 伏見工(京都工学院)、御所実などと違って、同じ公立校でもクラブが学校の看板ではない星陵には、その費用捻出は夢物語である。
 渡邊はOB会会長の重江義彦に相談する。45歳の管理薬剤師は振り返る。
「監督も僕も最初は費用のかからない『鳥取方式』を考えたんですね」
 雑草とともに芝生を作るやり方は、肥料や水やりはいらず、週2、3回の刈りこみだけ。ラグビーグラウンドなら50万円程度でできる、とされている。
 2人は元監督で79歳になる西村一信に話を持って行く。
「素人にそれができるのか?」
 渡邊の現役時代の恩師は心配し、日体大の後輩にあたる中井達則を紹介する。
 中井はゴルフ場などの芝のメンテナンスを仕事としており、近郊の伊川谷ラグビースクールの指導員もつとめる。
「西村さんに恩返しができるなら」
 中井はすぐに高麗の夏芝を運んだ。今年の5月である。テストも兼ねてインゴール裏の350平方メートルが緑化された。
 完成後も中井はスプリンクラーなどを持って水まきに訪れる。渡邊は芝の状態を毎日、写真付きで報告し、指示を仰ぐ。
 中井の価格設定は破格だった。先輩への恩義のほかに、2人の真剣さ、ラグビーの後輩への奉仕などが混じっているとはいえ、高卒の初任給を下回る程度。渡邊と重江はポケットマネーで半分以上を負担して、残りは年間1人5000円のOB会費に頼った。
「とてもこんな値段ではできません。中井さんは手間賃すら取っておられないはずです。ほんとうにありがたいです」
 渡邊の口を突くのは感謝のみだ。
 小さな一角でも、主将の一口(いもあらい)直貴(3年)は目を輝かせる。
「練習や試合のあとのダウンやミーティングをするのにとてもいいです。座っても涼しいから、自然と人があつまってきます。コミュニケーションもとりやすいです。ゆくゆくは全面になればいいなあ、と思います」
 33人の部員の中には2人の女子選手も含まれる。元日本代表HOの弘津英司の娘・悠(はるか、2年)と東芝監督の瀬川智広の姪・古川眞有(1年)だ。セブンズユースアカデミーにも選ばれた弘津は、バスケットボール部と兼部する。能力は抜けている。
 彼女たちのパフォーマンスの維持、上昇にも芝化は欠かせない。
 経済的な部分を担当する重江は言う。
「OBの寄付を集めて、なんとかこのグラウンドを完成させたいです」
 そう遠くない将来、緑のカーペットをグラウンドいっぱいに敷き詰めたい。
 それは、深緑のファーストジャージーをより輝かせることになる。
(文:鎮 勝也)
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