スクラムに取り憑かれた男のひとり、斉藤展士。(撮影/多羅正崇)
4月下旬、フランスのシャルル・ド・ゴール空港に、乗継便の搭乗口へ急ぐ元日本A代表PR、斉藤展士の姿があった。
行き先は、フランス南部の都市・ポー(Pau)だ。ピレネー山脈のふもとの街へ、“憧れの人”に会いに行くつもりだった。
近畿大学卒業後の2002年、近鉄に入社すると、大型PRとして頭角を現し日本A代表も経験した。2005年に移籍したNECでも、トップリーグで一、二を争うスクラム強者として活躍。2010年からはNTTコムの一員として6季プレー。2016年、36歳でジャージーを脱ぐ決断をした。
現役引退後、社業に専念していた斉藤は、温めていた計画を実行に移すことにした。
「ずっとフランスに行きたくて。もともとマルク・ダルマゾ(元日本代表スクラムコーチ)とすごく仲が良いので、会いに行きたいなと」
エディー・ジャパンのスクラムを統括した元フランス代表のダルマゾとは、来日のたびに食事を共にする仲だ。
現在、フランス国内1部「TOP14」トゥーロンのスクラムコーチである友人のもとを訪れ、スクラム強国のエッセンスを吸収したい。
さっそくフランス在住の別の知人に連絡を取ると、思わぬ提案を受けた。
「フランスにいる仲の良い通訳の人に連絡を取ったんですが、その人に『せっかくフランスに来るなら、別のチームもどうですか』と言われて。それで自分で調べたら、ずっとお手本にしていたプロップの選手が、TOP14のポーっていうチームでコーチをしていたんですよ」
カール・ハイマン。
スクラムで無類の強さを誇り「世界最強PR」と謳われ、ニュージーランド代表として45キャップを重ねた。
現在はTOP14のポーでFWを指導する身長194 センチの巨漢PRを、斉藤は同じ高身長のタイトヘッド(3番)としてお手本にしてきた。
「僕は(スクラムで)身長の低いフッカーと合わせられずに、すごく苦しんだんですよ。そんな時にテレビでニュージーランド代表とオーストラリア代表の試合を観たら、大きい選手がいて、やたら強いから、そこから真似をするようになって」
フランスへ行くのであれば、ハイマンにこそ会ってみたい。
想いは募り、机に向かった。
「去年の12月ぐらいに、ハイマンに手紙を書きました。送るアテがないので、その通訳の知人を介して『会いたいです』って。無謀でしょ?(笑)」
慣れない英語で綴った手紙の返事は“OK”。
家には生後間もない愛娘がいたが、子育てと格闘する妻に「頭を下げました」。
かくして4月24日からの約2週間、自費での渡仏は敢行された。ゴールデンウィークを含むとあって、旅費は跳ね上がってしまった。
出会ったハイマンは、身体も懐も大きかった。
国内線で到着したポーの空港では、チームマネージャーが出迎えてくれた。
「ハイマンが手配してくれて。(TOP14 のポーには)1週間ずっとベタ付きでした。試合でも『ハーフタイムに来てくれ』と、ロッカールームに招かれていたんですけど、警備員に止められて入れなかった(笑)」
チーム帯同の最後には、ハイマンへ想いの丈をぶつけた。
自身のスクラム理論を綴った英文を手渡したのだ。
「俺はこういう(スクラムの)ポリシーをもってやっている、と。英語は分からないので事前に調べて、書いて。ジュニア・ジャパンでスクラムを指導した時のビデオも見せました」
斉藤は今春のジュニア・ジャパンやU20日本代表でスクラム強化を任されていた。しかし思うような指導ができず、挫折を経験したという。
「壁にぶち当たっていたんですよね。感覚を言葉にすることができず、練習を何回も失敗させてしまったり。コーチングの難しさにぶつかりました。コーチをする自信もなくなって」
だからこそ、ハイマンの言葉が嬉しかった。
斉藤のスクラムポリシーを知った伝説的PRは言った。
「『すごく良い』『これをもっと追究したらいいよ』と。『自信なんて後からつくし、俺だって失敗しまくってるよ』と言ってくれた」
憧れていたハイマンのひと言で、道は定まった。
「『お前、なんでコーチやらないんだ』と。それでパシッと吹っ切れて。ああ、日本に帰ったらコーチをやろう、と」
ポーでの滞在を終えて向かったトゥーロンでは、ダルマゾとも再会した。コーチの先輩でもあり友人でもある元日本代表スクラムコーチからも、コーチになるべきだと背中を押された。
「スクラムを本気で強くするには最低2年かかるから、2年間は腰を据えてチームをもったほうがいい、と。失敗もいっぱいするけど気にせずにやったらいい、という感じのことを言われたんです」
今春発表されたNTTコムの新加入スタッフ一覧。スクラムコーチの欄に、「斉藤展士」の名前が載った。
NTTコムの今季のスクラムは、本格始動したばかりとあって「まだ一合目」。しかし腰を据えて強化を続けていくつもりだ。
「いま、トップリーグのスクラムはどこも強いですよ。スクラムコーチのいるチームは、どこもオリジナルを追求しているんじゃないですか。僕はまだNTTコムで自分の色を出せていないので、これからですね」
たくさんの助力を得て敢行したフランス一人旅で、道が決まった。きっと、もう進むべき道に対して、迷うことはない。
(文/多羅正崇)