摂南大戦でスクラムの成長ぶりを示した黒衣の天理大FW(撮影:佐藤真一)
8人の黒い波に青の塊は砕け散った。
天理大は新しいスタイルを作る。
スクラムトライ2本。
記録したのは、80−0と摂南大を圧倒した9月25日の関西大学Aリーグ開幕戦(京都・宝が池)だった。
試合後、天理に戻る車の中で、54歳の監督・小松節夫は話題を向ける。
「公式戦でスクラムトライを獲ったのって、何年ぶりやろ?」
天理大は2002年からAリーグに再昇格し、今年で15回目のシーズンになる。小松の天理高時代の同級生で、スクラムを担当するFWコーチの岡田明久も思い出せない。運転席でハンドルを握る、同じFWコーチの比見広一は記憶を絞り出す。
「何年か前の関学戦でスクラムがごちゃごちゃした後にトライを獲ったような…」
岡田はその会話を振り返って言う。
「でも、あんなにきれいな感じで獲ったのは初めてやで」
岡田は明治大、ワールド(現在は廃部)でフィジカルの強さが特徴のPRだった。天理大で指導を始め8年目を迎えている。
「新生天理」を示す2つのトライシーンは後半に生まれた。
14分、最終ゴールラインを背負った摂南大スクラムをまっすぐ押し込む。転がり出たボールをNO8佐藤慶がすくい上げ、インゴールに飛び込んだ。
25分には同じような地点で8人が足をかく。相撲で言う直線の電車道ができる。2本とも同じ押しだった。ターンオーバーとマイボール。攻守それぞれで5点を加える。
岡田は話す。
「オレの中では最初のやつもスクラムトライやで。押しこんで獲ったもんやからな」
これまでの天理大は、日本代表でもある26歳のSO立川理道(クボタスピアーズ)に象徴されるようにBKのチームだった。
その部分は残る。井関信介、久保直人の両WTBは快速。フィジーA代表に選ばれたFBジョシュア・ケレビは決定力がある。
そこにスクラムというFWからの加点方法がプラスされる。
小松にとっての戦術の転換は2シーズン前の2104年だった。2012年の関西リーグ3連覇を最後に6位、4位と沈んだ。不振の原因をスクラムに見出す。
「押されても、マイボールはなんとか出るんよ。でもね、敵ボールの時にどうしようもなくなる。スクラムトライを獲られたり、そうならんかっても、スクラムを崩されてそこからトライを奪われたりね」
週1回、水曜日にお茶を濁す程度、30分ほどだったスクラム練習は金曜日も加え最低2回とした。それぞれ8対8を1時間以上組み込んだ。比見は解説する。
「それ以外も土、日は試合なんかで必ず組んでますからね」
絶対的な時間の消費は強さを生んだ。
開幕2週前の9月12日には、天理から静岡・磐田にスクラムを組みに行った。台風のさなか、バスで往復7時間以上かけ、ヤマハ発動機ジュビロの大久保グラウンドに向かう。トップリーグでも最上位の集団を作ったコーチの長谷川慎から約1時間、直接指導を受けた。右PRとして摂南大戦に先発出場した水野健は学びを口にする。
「いかに一つになるか、なんですよね。密着する、ということです。僕はできるだけHOにお尻を寄せるようになりました。今は僕のお尻を押してくれる澤井(未倫、LO)が『顔が痛い』と言って、頭に耳をつけるテーピングをして、ヘッドキャップをかぶってスクラムを組むようになりました」
「スクラム番長」の異名をとり、左PRとして日本代表キャップ40を誇る長谷川の教えでセットプレーはさらに進化する。
1メートル78、105キロと大きな水野は、左腕をHOの右腕の上に通して組む。いわゆる「HOアンダー」である。
現在はHOが両腕を上げ、両PRに先に腕を巻かせる「HOオーバー」が主流。HOを先頭に錐(きり)の先のようにねじ込む。
水野は今年から取り入れた形が気に入っている。
「この方が僕の方から前に出られるし、ヒットもしやすい。体勢も自由に取れますから」
岡田はフロントローに言葉をかける。
「組み方はどっちでもいい。かまへん。要は押せたらええんよ」
首脳陣が型にはめず、自由に組ますことも強さの理由の1つである。
10月2日の第2戦は強力スクラムを看板にする京都産業大である。右PRの組み方は伝統の「HOアンダー」。天理大と同じだ。
水野は腕ぶす。
「今までは天理は弱い、という偏見を相手チームにもレフェリーにも持たれていました。だから落ちたらほとんどウチの方が反則を取られていた。でも今年は違います」
4年ぶり8回目の関西制覇に向け、自信を持って京産大戦に臨む。
(文:鎮 勝也)