努力を重ねる姿勢が評価され夏合宿MVPにも選ばれたNEC山田龍之介。
入社3年目の開幕戦で初めてのトップリーグ出場を果たした(撮影:松本かおり)
サービス精神旺盛なキャプテンは、試合後の記者会見を終えてロッカールームに戻るとき、「あそこに僕がいたらキャッチできたかなあ」と言いながら巨体と右腕を上に伸ばしてみせた。
「ボール1個か2個分ですかね。宮前があと40cm大きかったら。あるいは、数年前までの大きなWTBたちだったら取れたかもしれない」
HO瀧澤直主将は、紙一重のところまで追い詰めたと言いたかった。
「勝てなかったことは悔しい。でも、みんなの頑張りに胸を張っていい戦いだったと思います。我孫子に戻って、またいい準備を重ね、次の試合こそ…と思える内容でした」
20−23。8月27日、NECは今季初戦でリコーに競り負けた。
3点差を追うラストシーン。残り10秒あまりで得たPKを右タッチに蹴り出し、ラインアウトからモールを押し、順目にアタックを重ねた。左中間ラックから出たボールを途中からSOの位置に入っていたサム・ノートンナイトが右にキックパス。しかし、そのボールはWTB宮前勇規の頭上を超えてタッチへ…。
フルタイムの笛。グリーンロケッツの逆転劇は成らなかった。
悔しい敗戦も、長いシーズンのまだ初戦。主将は仲間を称え、前向きだった。
誇ることができるチームメート。そのうちのひとりが前半23分からピッチに立ったLO山田龍之介だ。加入3年目で初めてのトップリーグ出場だった。長髪を振り乱してラインアウトジャンパーを務め、走り、ブレイクダウンワークで地に這っては何度も起き上がった。
「週のはじめにメンバー入りを言われました。絶対に緊張するだろうな、と思ったので、それなら試合までの練習に緊張して臨み、それを乗りこえられたなら本番では大丈夫だろうと考え、そんなアプローチをしました」
しかし、先発LO小野寺優太にアクシデント。予想していた時間より随分早く出番がまわってきたから、やや慌て気味に飛び出した。
「グラウンドで聞くSOの指示の声。そしてスタンドの歓声。鳥肌がたった」
しっかり重ねてきた準備のせいか、いい緊張感の中で戦いの中に飛び込んでいけた。仲間のサポートも嬉しかった。
最後の最後まで勝敗の分からぬ争いの中でガムシャラに走り回った57分。自身のプレーをふり返って「満足できるパフォーマンスとは言えません」。ボールキャリーのパワーや抜群のスピードがあるわけではないから、生命線は運動量やワークレートだ。もっと動き続けないと。さらに正確さを高めないと。
「昨年までは試合中の各局面で判断をしてプレーする方向性でしたが、今季は少し違います。(相手が)こう来たらこう、こうなったらこうと、いい意味で型にはめてプレーしています。(自分は)ゲームメーカーのコールを聞いて、それを信じ、余計なことを考えずに動く」
トレーニングを重ね、体に染みつかせてきたことをレベルの高いステージで実践する喜びは格別だ。この体感を我孫子のグラウンドに持ち帰り、もっと高みを目指したい。
過去2年、出場機会に恵まれなかったのは接点での弱さを克服できなかったからだ。自分なりに頑張ったつもりも、チームの求める水準に届かなかった。
そんな状況から抜け出せたのは知らず知らずのうちに設定していたリミットを外してからだ。今年に入ってから「吹っ切れて、何も考えずすべてに全力を尽くすようにしたんです。結果はあとからついてくるもの。プロセスを大事にしようと。とにかくハードワークを重ねました」。
結果を気にしていれば一喜一憂してしまう。うまくいけばこれでいいと緩み、失敗すれば心が折れるから、積み重ねていくことのみに集中した。ジムワークで。チームトレーニングで。各セッションで毎回出し切った結果、体重だけでも昨季より5kgほど増加(入社時と比べたら10kg増)。
「そのおかげで接点でのプレー時に余裕ができた。そこが個人的に変わったところだと思います」
西東京市立柳沢中学時代はバスケットボール部。都立大泉高校入学後、「とにかく大きな体の新入生を勧誘せよ」と部員集めをしていたラグビー部の網に引っ掛かった。多くの仲間が3年生の春で引退する中、親友3人で秋の花園予選までプレーを続けた。国公立大学を目指していたが、「もっとラグビーをやりたい」、「強いチームを倒したい」の気持ちが湧き上がり、立教大学へ進学した。
それでも大学入学時はラグビー人生を歩み続けるなんて考えていなかったが、U20日本代表候補に選ばれたことで気持ちが変化していった。
同じ空間にいる同期たちが世界と戦う志を持っていることを知った。大学3年生、4年生になったとき、強豪校でプレーするそのときの仲間と対戦。試合では唇を噛む結果も、自分は負けていない、いつか彼らと戦って勝ちたいと思った。いつの間にか、自分の中にも高い志が芽生えていた。
「周囲が就活する時期になって、自分も将来を考えました。でも、やりたいことが見えてこない。自分がやりたいのはラグビーだ、と気づいたんです」
大学の先輩、西田創(SH/昨季限りで引退)が所属していた縁で、NECとつないでもらった。自身のプレー映像を集めたものを採用担当者に渡し、練習参加の機会を得て入社が決まった。
雌伏していた2年を経てチャンスをつかんだいま、ラグビーが仕事と言い切る潔さがある。
自分はラグビーをやりたくて入社し、会社からいま期待されているのはグリーンロケッツに貢献することだ。昨季オフ、1年先に入社した先輩が退団する姿を見たとき、自分に危機感が足りないことを感じた。入社1年目に生まれた長男・佑馬くんの存在もある。さまざまな責任を重荷でなく飛躍へのエナジーとできているのは、覚悟した男の力だろう。
一昨年度のシーズン、日本選手権で帝京大にNECは敗れた。その試合をスタンドから見つめていた山田は、「大学チームに負けるという事実が目の前で起こった。悔しかったですね。しかし、自分はそのチームの中の競争で負けた存在。無力感を感じました」と当時を振り返る。
まだシーズン初戦を終えたばかりとはいえ、いま、いろんな思いをピッチで相手にぶつけられるポジションに立っている。自身のプレーが戦況に影響を与えられる、この幸せよ。絶対に手放したくない。