サントリーのジョージ・スミスにタックルする近鉄の田淵慎理(左)とタウファ統悦
(撮影:江見洋子)
2016年8月26日夜、大阪・ヤンマースタジアム長居にいた4077人の観衆には、タックルとスクラムが際立って見えたはずだ。
白いカクテル光線に浮かび上がったピッチでは、臙脂(えんじ)と青色の近鉄ライナーズが、黄色のサントリーサンゴリアスに襲いかかる。
トップリーグ(TL)2016−2017の関西開幕ゲームである。
決着は紙一重の差でつく。
13−9の後半32分、サントリーSO小野晃征のキックパスを大外にいたFL西川征克が、右手に当て懐に入れた。近鉄はCTBアンソニー・ファインガがマークにつく。下半身に入ったが、つかみきれない。その体にカバーに回ったWTB南藤辰馬がぶつかる。味方同士の交錯を背に、西川はインゴール右隅に飛び込む。
一連のプレーはTMO(テレビマッチオフィシャル)に持ち込まれた。しかし、オフサイドはなく、ファインガのタックルも成立していないため、トライの判定が下された。
13−14。わずか1点差で試合は終わる。
今年度から監督に就任した2人は試合後の記者会見で素直に心の内を語る。
敗者の近鉄・坪井章は晴れやかだった。
「スコアは負けてしまったけれど、選手たちはライナーズのラグビーをしてくれました。彼らを誇りに思います」
サントリー・沢木敬介に笑顔はない。
「近鉄の個々のプレーにウチの強みを封じ込められました。今日は100点満点で15点くらいのデキ。ラグビーにとって大事な部分をもう1回、勉強させていただきました」
近鉄は80分間、タックルをしまくる。
サントリーの得意とする展開ラグビーを封じ込めた。
前半15分、ラインアウトからSO小野の外側に背番号6のジョージ・スミスが入ってくる。その瞬間、近鉄の7を背負う田淵慎理が直線を引いてかち上げる。
オーストラリア(AUS)代表キャップ111を誇るFLは海老ぞりになり、ボールを前に弾ませた。ノックオン。「うぉー」と言葉にならない大歓声が長居にこだました。
同志社大学から入社2年目の24歳が36歳の世界的プレーヤーにぶっ刺さる。
その時、接戦への道筋が現れた。
「あそこに来たら止めるつもりでした。僕の持ち味はタックルです。そこを分かってもらって試合に出るチャンスを与えてもらっているはずですから」
タックルに関して、現役時代はディフェンシブなFLだった坪井は語る。
「監督としてチームの決め事は作りました。まず、飛ぶな、と。間合いを一気に詰め、股関節を狙え、と言っています」
飛べば、体が浮く分だけ相手に与える衝撃はロスする。そして、目標を股関節に置けば、動かない。つまりはずらされない。
田淵はその教えを忠実に果たした。
近鉄新戦力のファインガもスタジアムの視線を釘付けにする。
13−6の後半11分、LO真壁伸弥の足首をないだ。AUSキャップ23を誇るCTBのコンタクトによって、フィジカルの強さに定評のある日本代表LOは退場させられた。
好タックルと同時にスクラムも進化する。
前半こそ押されたが、後半は押し返した。
神戸製鋼でも指導経験のあるスティーブ・カンバーランドが今季からFWコーチに就任した。スクラムの強化に定評のあるキウイは、マシンを使わず、対人のみで1対1から8対8までを長い時では1時間以上組ませた。
坪井は言う。
「彼に『スクラムはマシンではなく8対8で組むもんだ』と言われました。分かっていたつもりだったけど、その言葉は新鮮でした」
機械は動かない。しかし人間は動く。その不安定な中で、力はついていく。
28歳のHO樫本敦は劣勢を振り返る。
「バインドした時に、向こうが体重をかけてくるのが早い気がしました。ハーフタイムでは、こちらも先に仕掛けようということになりました。それで修正できました」
サントリーの先発は33歳、日本代表キャップ30のHO青木佑輔、31歳で同75キャップの右PR畠山健介だった。
畠山は以前、スクラムの初動の早さについて語っている。
「世界的なレフェリーは強い者の味方をします。待っていてはダメ。『組めるでしょう? 組まない側が悪い』となるんですよ」
この日の笛は麻生彰久。日本トップのA級6人の1人である。
スクラムの老獪さはサントリーが上だった。
8人の塊では後れをとる中、近鉄の代名詞である「ベテラン」は機能する。
36歳のSO重光泰昌は1トライ1ゴール2PGと全13得点を1人で叩き出した。35歳のFLタウファ統悦、LOトンプソン ルークは先発に名を連ね、コンタクトを重ね続けた。
前年度9位ながらV候補に挙げられ、TL3、日本選手権6の優勝回数を誇るサントリーを追い詰めたのは事実だ。
若手と中堅、そしてベテランを融合させ、近鉄は前年度7位からの上を目指す。
(文:鎮 勝也)