トップリーグ所属の近鉄ライナーズに新監督が誕生した。坪井章。FL出身の38歳は、監督制が始まった1946年(昭和21)の柘植平内から数えて16代目になる。
「目標は常に日本一を掲げています。その部分はブレずにやっていきたい」
坪井は前年度、監督・前田隆介の下でアシスタントコーチだった。これまで9年チームスタッフとして働いた。
「チームを作るのは人。ですから優先順位の一番目は人です。意思疎通を含め、そこのマネジメントはできるはず。監督は、『聞く。話し合う』ものだと思っています」
180センチ、90キロの体から来る威圧感はない。風通しのよさを考える。
大阪体育大から入社後、6年間の現役時代は日本選抜(代表の下のカテゴリー)入りもする。29歳から主務5年、広報3年(最後の1年は育成コーチ兼務)、そしてアシスタントコーチ1年を経験する。一度も途切れないチームとの関わりは17年目になる。
現場の総責任者、ゼネラル・マネジャーの木村雅裕は坪井の起用理由を話す。
「人間的にいいのよ。面倒くさいことを放っておけない性格。選手が『話をしたい』と言えば、きちっと時間を作って話し合いに応じる。絶対にそのままにしない」
指導者としての現場経験の少なさを危ぶむ声に坪井はこたえる。
「僕自身、学びは続けていますし、外国人コーチもいる。仮に足りないとしても、その部分をカバーできる体制は整っています」
BKコーチは昨年度同様、オーストラリア人のジョン・マルビヒルが就く。今田圭太が退任したFWコーチにはニュージーランド(NZ)人の招へいが決まっている。
坪井のチーム方針ははっきりしている。
「若手を底上げしながら、ベテランを大切にする。融合させていきたいんです」
世代交代を視野に入れながら、どちらも泣かさない難しい道を選ぶ。
「人によっては『まだあんな選手を使っているのか』と言いますが、彼らは体力的な数値は若手に負けていない。経験もある。だからベテランをうまく使っていく。僕は、近鉄はそういうチームやと思っています」
36歳のSO重光泰昌、FL佐藤幹夫、35歳のFLタウファ統悦、FB高忠伸、34歳のLOトンプソン・ルークらを最大限に生かす。
高は参加免除の若手のトレーニングにも加わり、フィットネス計測でトップ。重光は黙々とプレースキックを蹴り込んでいる。
若手の伸びも促している。
この春、5人がNZに渡った。
ワイカトには25歳のバイスキャプテン、CTB南藤辰馬、LO山口浩平、FL辻直幸、カンタベリーには24歳のHO王鏡聞(わん・きょんむん)、26歳のSH吉井耕平を派遣した。6月ごろまでトレーニングを積む。
坪井の選手育成の方向性は定まる。
「よい部分をできるだけ伸ばして、悪い部分には目をつむる」
ポジティブな指針は、若い人たちの成長を心待ちにする現れである。
近鉄は昨年度、トップリーグで浮上した。12位から7位。決勝トーナメントのLIXIL CUP 2016では1回戦で神戸製鋼に10-42と敗れたが、リーグ戦ではサントリーに25-19で15年ぶりに勝利する。エンジと紺のジャージーはスタジアムを沸かせた。
「トップチームとは依然として力の差を感じています。しかし、手の届かない相手ではなくなってきた。それは、数年前のウチでは考えられなかったことですから」
チームは1929年(昭和4)創部。今年88年目を迎える。トップリーグ制覇はない。しかし、その前身である全国社会人大会は8回、さらに日本選手権では3回の優勝を誇る。
坪井は伝統の重みを感じている。
「坂田先生からは激励の電話をいただきました。黒坂さんには今度食事に連れて行っていただきます。本来なら、こちらが出向いてあいさつをしないといけないのに、ありがたいことです。周囲の期待が伝わります」
大学時代の監督、坂田好弘(現関西ラグビー協会会長)はこのチームでWTBとして日本代表キャップ16を獲得した。黒坂敏夫はHOとして同8を持っている。
OBたちの自発的な連絡は、名門復活の切なる祈りにほかならない。
家庭では5歳と2歳の娘を持つ2児の父。「家ではおくさんを含めて1対3と女子に囲まれていますが、癒されます」
大阪府吹田市の自宅から、職場となる東大阪市の花園ラグビー場へは、難波を経由して近鉄電車で通う。通勤は1時間以上。朝は8時30分には始業する。終電に乗り遅れ、タクシー帰宅もある。
「今は準備がたくさんあるので」
花園から徒歩5分の英田(あかだ)中でラグビーを始め、大阪桐蔭高から大体大に進学した生粋の「浪速っ子」だ。ホームグラウンド、そしてチームに愛着がある。
その思いを形にしたい。
「坪井ライナーズ」の始動は11日である。
(文:鎮 勝也)