東京での開幕戦で攻守にわたってハードワークした稲垣啓太(撮影:松本かおり)
練習が始まる前。タッチライン際で股関節を伸ばす。ストレッチだ。
「例えば、ああいう時にパスをし合ったりする選手もいるじゃないですか。僕の場合、ああいうことはしません。自分に必要なことをします」
いちアスリートとして、自分にとって最適な準備が何かを心得る。持ち前の機動力を支える関節の柔らかさを淡々と呼び起こし、「集合!」の声がかかればグラウンドの真ん中へ駆け出す。ゲームの時もこの調子だからこそ、「タックルした後にすぐ起き上がる」など繊細な動作を繰り返せる。
稲垣啓太。国際リーグのスーパーラグビーに日本から初参戦するサンウルブズにあって、現在、2試合連続先発中だ。3月19日、東京・秩父宮ラグビー場である第4節でも、それまでと同様に背番号1をつける。相手のレベルズは昨季在籍したチームだが、特別な感情を抱かない。心を乱さず、「自分のため」にプレーする。
「レベルズだから楽しみということはないです。相手の長所、短所は知っているので、その情報を上手く共有できれば」
身長186センチ、体重116キロの25歳で、スクラムを最前列で組む左PRながら各所で顔を出す。相手の懐へ刺さるランやタックルは南半球の列強も十分に苦しめているか。2月27日、ライオンズとの開幕節(東京・秩父宮ラグビー場/●13-26)の直後には、その手応えと具体的な修正点を口にしていた。
「低いタックルに関しては通用しますね。相手も嫌がっていた。ゲインラインを切られるのは、こちらのコミュニケーションが取れていない時の(守備網の)隙間。そういうところは、食い込まれます」
続く3月12日にチーターズとぶつかった(シンガポール・ナショナルスタジアム/●31-32)についても「相手を見ないで戻りながら…というところのラックサイドを破られた」と述懐。チームのディフェンスリーダーとして、担当箇所の改善に着手している。
ラグビーは「自分のため」にしている。スーパーラグビーでも、あくまで高質化させたプレーを提出したいだけだ。そのために、昨季の国内のゲームではある「練習」をしていた。
全速力で大男にぶつかるドミネートタックルをスーパーラグビーで確実に決められるよう、繰り出す間合いやタイミングなどに関して試行錯誤を繰り返していた。昨季の国内でのゲームで所属するパナソニックが、日本最高峰のトップリーグで3連覇を果たす過程でのことだ。シーズン中は、「例えば、バーナード・フォーリー(リコーのSOで現役オーストラリア代表の実力者)にドミネートをやろうとしたら…かわされますよね。やはり、(確実に仕留める防御との)使い分けはしないと」なんて、語っていた。
昨季終了時は、1試合のみの出場に終わったレベルズでの再挑戦を望んでいた。しかし当時、名称決定前のサンウルブズの選手選考には、エディー・ジョーンズ前日本代表ヘッドコーチが関わっていた。オーストラリアベースのレベルズにとっては、同国の実力者でもあるジョーンズの管轄内へオファーを出すのに、やや、手間取ったか。ジョーンズは稲垣に「日本のチームへ」と伝えていたとされる。
稲垣は結局、主将を務める堀江翔太を慕ってサンウルブズ入りを決意。むろん、その決断に後悔はしていない。「ここへ来てよかった」と、歴史的初勝利を見据えている。
「楽しい、楽しくないでは(ラグビーを)やってないので。もちろん勝ったら嬉しい気持ちはありますけど、これは職業じゃないですか。人生のスパンで考えたら、ラグビーができるのは短い期間。そのなかで自分の可能性を広げ、選択肢を増やす。そのためにやっている感覚です」
ライバルが誰であっても、特別な感情は抱かない。抱くようには見せない。額を切っても表情を変えない稲垣の、それが流儀である。
(文:向 風見也)