ラグビーリパブリック

未勝利国同士の激突は名勝負に! カナダとルーマニアの懸命の80分

2015.10.07
明暗分かれる。つかみかけていた勝利を逃し、ひざをついたカナダのバークウィル
(Photo: Getty Images)

 4年に一度開催されるワールドカップという最高舞台で、勝利を収めるのは難しく、その価値は尊い。ともにプールステージ敗退が決まっていたが、カナダ代表とルーマニア代表は今大会初勝利をめざし、80分間に魂とフルエナジーを注いだ。
 10月6日、英国・レスターシティスタジアム。地元の多くの観客にとっては、夢を見させてくれると信じていたホームチーム、イングランド代表の敗退が決まり、まだため息もこぼれる週の始め。会場は、今大会にはめずらしく空席が多かったが、ひたむきな男たちの姿を見て、2万7153人の観衆はラグビーへの愛を再確認したことだろう。

 ラグビーワールドカップ2015の、好ゲームのひとつに入れるべき白熱戦だった。
 17-15。劣勢からひっくり返したルーマニアが歓喜した。
 
 両チームとも持ち味を存分に発揮した。カナダは磨いてきたランニングラグビーでゴールをめざし、ルーマニアは最大の武器であるスクラムで圧倒する。お互い、とことんまで鍛えたに違いないディフェンスはしぶとかった。この舞台に立つ者はみな、勇敢なタックラーだと証明した。
 ハンドリングエラー、連係ミス、苦し紛れのディシジョンメイキング、冷静さを欠くほどの情熱……。ハイレベルな戦いでは致命的となる失敗も多かったが、気持ちが途切れることはなかった。

 序盤、カナダがショットで先制した。数分後、ルーマニアのキッカーがハーフウェイからPGを狙う。わずかに届かず。しかし観衆はそのチャレンジに拍手を送る。

 前半27分、ルーマニアのゴール前スクラムをカナダが耐え、勝った。
 約2分後、今度はカナダが敵陣22メートルラインに迫ったが、やられたらやり返す。ルーマニア、ワイドに攻める相手パスをインターセプトして得点を許さなかった。
 
 33分、この試合最初のトライが生まれた。カナダがオフロードも巧みに使いながらハイテンポで攻め、11番をつけたDTH・ファンデルメルヴァが今大会全試合でファイブポインターとなる自身4つ目のトライを決めた。

 カナダは14番も黙っていない。8点リードで迎えた後半早々、この試合で何度も力走していたジェフ・ハスラーが長髪を振り乱してパワフルに防御網を破り、インゴールにボールをねじ込んだ。

 0-15、劣勢のルーマニア。しかし、あきらめなかった。53分(後半13分)、ラインアウトから力強いモールで押し込んだ。コンバージョン成功で8点差に詰める。

 62分、ルーマニアが再びゴール前でラインアウトモールを試みる。が、カナダ必死のディフェンスで外に押し出した。67分にはCTBキアラン・ハーンがビッグタックルでカナダ代表を活気づけた。

 70分、ルーマニアの途中出場WTBチャバ・ガルが敵陣22メートル内でキックチャージしてトライチャンスになりかけたが、うまくボールを確保できずノックオン。天を仰いだ。しかし、直後のスクラムを仲間のFWがターンオーバーする。その後、ラインアウトモールを選択し、前進するも得点できなかったが、必死に守るカナダのFLジェブ・シンクレアにイエローカードが出て、カナダは残り時間を14人で戦わなければならなくなった。
 ルーマニアはここでスクラムを選択する。押して、ペナルティを得てもう一度組み直す。優勢、持ち出した主将のNO8ミハイ・マコヴェイがトライを決めた。ゴールキック成功で14-15、1点差となった。

 ラスト6分弱。両チームのサポーターが大声援を送る。

 そして、77分だった。敵陣10メートルライン、左タッチラインから15メートルの位置。ルーマニアがスクラムを押して、PGチャンスを得る。キッカーのCTBフロリン・ヴライクがこれを決め、逆転した。

 数分後、試合終了の笛が鳴った。

 勝者は歓喜の抱擁を交わし、敗者はひざをついた。しかしまもなく、両チームの選手たちはさっきまで敵だった選手たちとしっかり握手を交わし、互いに健闘を称えた。ラグビーの、最も美しいシーンが名勝負を締めくくった。

 劇的勝利のあと、ルーマニア代表のマコヴェイ主将は「マリウス・ティンクに感謝したい」と言った。同国のレジェンド的フッカーだったその男は現在、ルーマニア代表のスクラムコーチを務めていて、彼の指導によりチームは大きく成長した。実は、ティンクはこの試合の3日前に母を亡くしていたが、チームに残ることを決めた。「私たち全員の考えと気持ちは彼と一緒でした」とキャプテン。チームの結束力が勝利につながった。

 ルーマニア代表はその夜、この4年間で一番美味い酒を飲んだことだろう。あと1試合(イタリア戦)を残すため、部屋飲みで量も制限するとリン・ハウエルズ ヘッドコーチは言ったが、最高の祝杯だったに違いない。

 一方のカナダは今大会、イタリアとフランスにも善戦していて、ファンを興奮させたチームのひとつだった。キアラン・クローリー ヘッドコーチは、消極的になってしまったルーマニア戦の後半を悔やみ、「最後の35分さえなければ、私たちにとってかなりいいワールドカップだった」と語った。

 カナダ代表の2015年ラグビーワールドカップは終わった。0勝4敗。それでも、彼らも美しきラグビーマンたちだった。

(文:竹中 清)
Exit mobile version