創部51年目のスタートである。
1965年(昭和40)にラグビー部が作られた福岡県立浮羽究真館高校に、30歳のOB監督が就任した。
吉瀬(きちぜ)晋太郎だ。
体育教員4年目で待望のラグビー指導。
「毎日がとても楽しいです」
こげ茶に日焼けした顔をほころばせる。
最終目標は「日本一」。本気で考える。そのため実行可能な手を打つ。
?男子の新入生約100人全員に「ラグビーをしよう」と手紙を書いた。
「先輩教員から『そういうのは今、通用せん』と言われましたが、やりました」
?部室、グラウンド、ウエイトスペースなどを大掃除した。
「場がきれいでなければ、新しい知識が入ってきません」
?女子マネジャー、選手を含め29人の部員と交換日記を始めた。
「このチームで1人1人が認められている、という所属欲求満たします」
?出席必須の毎朝のミーティングと自由参加の朝練習。
「授業に遅刻せず出席させるためとケガや病気の状況確認です」
? 1日米2升を使う補食の導入。
「体を大きくさせたい。自分の家が兼業農家なので米を持ってくることもあります」
吉瀬の長所は行動力である。
3年生女子マネの山本あおいは話す。
「熱血の人です。周りには全然いない。あんな先生、初めて見ました」
浮羽(前校名)から京都産業大に一般入試で合格した。あえて猛練習の大学を選んだ。
「そんなところで4年やったら、あとの人生なんも怖いもんはない、と思いました」
金星となったW杯・南アフリカ戦に出場した日本代表PRの山下裕史(神戸製鋼)は同期、SH田中史朗(パナソニック)は1年上である。大学時代はCTBとして公式戦出場。3年時には第43回大学選手権(2006年度)でリザーブながら4強入りを経験する。
2008年3月に卒業。住宅販売会社で1年半を過ごしたが、「ラグビーを超える感動がない」と退職。京都教育大などで体育の教員免許を取得する。2011年には京産大コーチ。同年夏福岡県の教員採用試験に一発合格した。2012年4月から春日で教壇に立ち、女子バスケ部の顧問をしていた。
故郷に戻る直前の3か月は、伏見工にも週1回コーチングの勉強に通った。交換日記や早朝ミーティングは、高校王者4回のチームから得た産物だ。
吉瀬は、京産大で監督43年目を迎える恩師・大西健を尊敬する。
一年間そばについて、感心した言葉があるとノートに書き留めた。それは『大西語録』となってA4版10枚以上になっている。折に触れて読み返す。
「大学生活は4年しかない。学生には(その尊さを)わからせてあげないといけない」
この一文は高校生活の3年にもつながる。
練習内容もまねる。蹴られたボールを抑えて前転し、走り込んでくるプレーヤーに浮かし、50メートルをつながせる。
「先生の教えは単純。シンプルです。でもその中にラグビーに必要な要素がすべて入っている。例えばこの練習にはボールに飛び込む勇気、体の柔軟性、受け身、起き上るリアクション、ランニングなんかが含まれている。実は<熟慮の先の簡潔>なんですよね」
赴任当初はニュージーランドやオーストラリアのドリルを試したが、しっくりこなかった。結局、学生時代に嫌々ながら1時間させられたヘッド(キック)ダッシュに行きつく。
大西の練習を落とし込むグラウンドは縦95×横70メートルとほぼ正規のサイズ。グラウンド横のプール下にはウエイトスペースがあり、30人程度なら待たずにできる数のバーベルが置いてある。教員免許取得中にはジムでインストラクターのアルバイトもしており、体を大きく強くする知識は豊富だ。レフェリー資格もB級を持っている。
地域も吉瀬をバックアップする。
浮羽究真館は1907年(明治40)創立の普通科高校。100年超の歴史を有するため、卒業生は多い。隣の久留米市にはトップリーグの前身、西日本社会人リーグで九州電力などと戦った社会福祉法人『ゆうかり学園』があり、ラグビーの認知度は高い。吉瀬が小3から中3まで7年間在籍した『浮羽ヤングラガーズ』(ラグビースクール)、高校OBが軸になるクラブチーム『浮羽RFC』がある。
「時間があればOBのみなさんがグラウンドに足を運んで下さって助かっています」
サポートする組織も出来上がっている。
県内で進境著しい東海大五の校長代理でラグビー部総監督・津山憲司は言う。
「監督の熱さや地元の雰囲気は御所に似ています」
津山は赴任前、東海大仰星部長として前監督の土井崇司(現東海大テクニカルディレクター)を助け、全国優勝3回の強豪を作り上げた。土井と御所実監督・竹田寛行は親友であり、津山も数えきれないほど自然豊かな奈良県南部の街に通った。
うきは市にある浮羽究真館は県南部の久留米から大分に抜けるJR久大本線に乗って約40分。北には青い筑後川が流れ、南には緑の耳納(みのう)山地がそびえる。豊潤な土壌は薄黄の梨や紫のぶどうなどを産する。
津山は同じような空気を感じ取っている。
吉瀬はその言葉を聞いて表情を緩める。
「御所みたいになりたいんです」
目指すのは街を挙げたラグビータウン化だ。今年8月、大分県久住で合宿中の竹田に初めてあいさつをして、「震える手で」名刺を切った。年内には奈良行きを考えている。
吉瀬の指導もあって、部員は着替えをきれいにたたむ。立ち止まっておじぎをする正式なあいさつの仕方も覚えた。態度は強豪校に劣らないようになってきている。1日2〜3時間の練習後には吉瀬も加わり、校歌を斉唱する。愛校心も高まってきている。
177センチ、91キロとFLとしては全国サイズの主将・井上宗之輔は、補食もあって4月から半年で7キロの体重増に成功した。
「先生が1年生の時から来てくれていれば、もっと強くなれたと思います」
吉瀬にとって教員初となる全国大会県予選は9月27日に始まる。1回戦は新宮。3つ勝てば4回戦で修猷館と対戦できる。
「そこまで行きたいですね」
浮羽究真館の県予選最高位は8強だ。まずは16強で全国レベルを体感したい。
そして近い将来、東福岡、福岡、修猷館、筑紫、筑紫丘、小倉、東筑などが割拠するラグビー県に、新たな旋風を巻き起こす。