(撮影:早浪章弘)
かつてワールドカップで145失点の大敗を喫した国が、世界一に二度輝いたことがある圧倒的なラグビー大国を倒す日が来ると、どれほどの人がリアルに想像しただろうか。
日本代表が南アフリカ代表に勝った。ラグビー界だけでなく、スポーツ界の歴史を変えたといっても過言ではない。2015年9月19日、英国・ブライトンコミュニティスタジアムで起きた激闘は、永遠に語り継がれる。34-32。3点を追い、ロスタイムに入っても果敢に攻め続け、途中出場のWTBカーン・ヘスケスが劇的な逆転決勝トライを挙げた。
勇敢に戦った桜のジャージーの男たちへ、会場を満員にした2万9290人の多くが何度も大きな「ジャパン」コールを繰り返し、盛大な歓声と拍手を送り続けた。
これは奇跡ですか? 試合後、誰かが訊いた。「必然です」。答えたのは副将の五郎丸歩だ。真剣な表情で、ハッキリ言った。「ラグビーに奇跡なんかない。いままで、このためにやってきましたから」。
世界ランキング3位、優勝候補の南アフリカ代表は本気だった。マットフィールド、デヴィリアーズ、バーガー、ハバナ、デュプレッシー兄弟…、主力級をズラリとそろえていた。
序盤から日本は熱い戦いを繰り広げた。フィジカル強い南ア相手に、FLマイケル・ブロードハーストらがブレイクダウンで奮闘する。自陣深くに攻め込まれても、みながハードタックルを連発し、耐えた。
FB五郎丸のPGで先制した。主将のFLリーチ マイケルがハードワークで仲間を鼓舞する。同じく運動量豊富なHO堀江翔太が巧みなハンドリングでも会場を沸かす。アグレッシブなジャパンのスタイルは観衆を味方につけた。
前半18分、南アにラインアウトからのモールドライブでトライを奪われた。経験豊富なスプリングボックスが再び攻め上がる。しかし、日本は崩れなかった。
ディフェンスで奮闘していたジャパンにトライタイムが訪れたのは30分だった。その数分前のラインアウトモールはTMOでもグラウンディングは確認されなかったが、もう一度ラインアウトからモールを組み、バックスも参加してまたも南アを後退させ、今度はFLリーチが確実にインゴールにボールをねじ込んだ。
しかしリスタート直後、日本はオフサイドの反則を犯し、南アがラインアウトモールを選択して逆転する。
10-12でハーフタイム。ここまで、ジャパン大健闘。そして、死闘となった。
後半の立ち上がり、南アのSOパット・ランビーがキックをミスし、ジャパンのターンとなる。ランビー、苦笑いを浮かべたか。その後、桜の戦士たちが集中力高く攻め続けると、しびれを切らした南アに反則が出て、五郎丸がPGを決めて再び日本がリードを奪った。
これで火が付いた南ア。リスタート早々、LOルード・デヤハーが力強い走りで日本の防御網を切り裂き、ゴールへ駆けた。13-19。
しかし、運動量が落ちない日本は食い下がり、それどころか、攻めて南アを後退させた。
五郎丸がさらにPGを2本追加し、同点。57分(後半17分)、この試合で南アが初めてショットで3点を狙い、ブーイングのなかランビーが決めたが、その3分後に五郎丸も足で得点し、22-22でラスト20分間の戦いに突入した。
62分、南アHOアドリアーン・ストラウスの突進を止められず、逆転を許す。
しかし、ひと際大きいジャパンコールが起きたのは69分だった。ラインアウトからのアタックで右へ展開、SO小野晃征が内に返してWTB松島幸太朗が抜け出し、FB五郎丸につないで同点につながるトライが生まれた。
そして、ラスト10分間の戦いへ。
73分、南アがPGで3点リードを奪った。29-32。
ジャパンのリーチ主将はこのとき、「相手はちょっと焦っているなと感じました」。
「歴史を変えたい」といって英国に乗り込んだ日本代表。残り2分を切り、ゴールラインまで数センチと迫る。そのときにトライは認められなかったが、相手はPRがイエローカードをもらい、14人となる。
攻めた日本。
ラスト1分、ラインアウトモールでゴールへ前進するが、南アはグラウンディングを許さない。スクラム。ここでジャパンはペナルティを得る。リーチ主将はショットを選択しなかった。
「相手が1人少なかったですし、同点じゃなくて、僕もフォワードも勝ちに行くという気持ちだったので、スクラムを組んで、トライを取りに行こうと。ちょうどエディーさん(ジョーンズ ヘッドコーチ)とハーフタイムにショットの話をしていて、『自分が思うようにやればいい』と。その通りになりました」
PGを狙わず、スクラムを選択。何度か組み直し、ラストアタックでゴール前右に迫る。そして、SH日和佐篤、CTB立川理道と左へ大きく振り、NO8アマナキ・レレイ・マフィからパスをもらったWTBカーン・ヘスケスがインゴール左隅に飛び込み、歴史的瞬間が訪れた。
この4年間、肉体的にも精神的にも大きく成長した男たちが、ほぼ100パーセントの力を出し切ってつかんだ勝利だ。
史上最強のジャパンを育てあげ、公言通り、南アから勝利を奪った日本代表のエディー・ジョーンズ ヘッドコーチは「彼らは勇敢、それ以上でした」と選手たちを称えた。「キャプテンの大きな勇気からトライが生まれた」。
試合後の会見で、当然、笑顔も見せたジャパンの指揮官。しかし、気持ちが緩むことはない。
「まだ終わっていない」
準々決勝進出を目標に掲げ、巨大な壁を乗り越えた。次は23日にグロスターで試合をする。相手は欧州の古豪、スコットランドだ。